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13歳の壁を乗り越えろ 第7話

【第7話】

 10月半ば過ぎ。週刊誌の騒ぎは、すっかり収束していた。しかし、SNSでの夢叶ちゃんへの誹謗中傷は相変わらずだ。
 小池さんから呼び出されたのは、ちょうどその頃。ZCPのことで話があるという。
 平日の午後、集合場所は前に集まったファミレスだ。学校が終わってから駆け付けると、ボックスシートに小池さんの姿があった。ノートパソコンでカタカタ何やら打ち込んでいる。
「お疲れ様です」と向かいに座った僕に、小池さんは「あとちょっとで終わるから」と画面から目を離さずに言った。両手の指先はキーボードを叩き続けたままだ。
 ドリンクバーの一杯目はメロンソーダ。……と考えたけど、やめてホットのカフェオレにした。前にここに来てから4か月、ちょっぴり大人びたところを夢叶ちゃんに見せたかった。苦かったら困るので、砂糖3本とミルクを3つ入れておく。
 テーブルに戻ると夢叶ちゃんが来ていた。到着したばかりらしく、制服のブレザーを脱いでいるところだ。
「僕、奥行くね」と夢叶ちゃんの脇をすり抜け、ボックスシートの奥に陣取る。そして、紺色のセーターを着た夢叶ちゃんが席に着いたのを確認してから、カフェオレを一口すすった。
 砂糖を3本にしておいて大正解。安堵しながら横目で夢叶ちゃんを窺うと、店員にドリンクバーを注文して、さっさと席を立ってしまった。
 戻ってきた夢叶ちゃんが手にしていたのは、カップではなくグラス。オレンジジュースが入っている。
 背伸びして振る舞った自分が恥ずかしい。今度から僕も、見栄など張らず自分に正直に行動しよう。それが大人というものだ、たぶん。だから二杯目は、メロンソーダを飲むことにした。
 小池さんが「よし」と小声で言ってパソコンを閉じた。同じタイミングで聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「ごめんなさい。お待たせしました。前の会議が押しちゃって」
「大丈夫ですよ。みんな、ちょっと前に来たところですから」
 小池さんが奥にずれ、空いたスペースに座ったのはトモちゃんだった。
 ZCPは3人だけで進めてきた秘密のプロジェクト。そこに、なぜトモちゃんが? 小池さんへの怒りがふつふつと沸いてきた。夢叶ちゃんは、オレンジジュースをストローで静かに飲んでいる。
 黙っている僕らに、小池さんが説明してきた。
「先月のミカ姐さんの送別会で高木さんと話したとき、ZCPのこと言っちゃったんだ。そしたら、仲間に入れてほしいって言うから」
 いろいろ問題もあったけど、今季最高視聴率を叩きだした企画は、僕ら3人の話し合いから生まれたものだ。「いいですよ」とすんなり受け入れるのは、ちょっぴり癪だった。かといって、トモちゃんを拒否する理由もない。
 返事に窮している僕の横で、夢叶ちゃんが笑顔で答える。
「いいですよ。メンバーは多い方がいいですし」
「ありがとう。夢叶ちゃん」
 陰っていたトモちゃんの表情が、イッキに明るくなった。
 夢叶ちゃんは軽く微笑んだあと、真面目な顔になって小池さんのほうに向き直る。
「スペシャルはこの前放送したわけだし。ZCPはもう終わったんじゃないですか?」
 それは僕も気になるところだ。
 すると小池さんが「二人とも、あれで納得してる?」と、僕らを交互に見ながら問いかけてきた。
 僕は首を横に大きく振った。夢叶ちゃんも同じように首を振っている。
「だろ? そこでだ」
 そう言って小池さんは、手元のノートパソコンを開いて僕らのほうに向けてきた。
 画面には、ポップな赤文字でこうあった。
『ZCP企画第2弾』
「冬のスペシャルが決まって、担当ディレクターになりました」
 小池さんの報告を聞いて、夢叶ちゃんが身を乗り出すのがわかった。
 トモちゃんは「パチパチパチパチ」と口で言いながら拍手をしている。しかも、めっちゃ嬉しそう。しかも……。
「小池さん、夏のスペシャルで高視聴率をとったことが評価されて、プロデューサーから、もう一回やってみろって直々に指名されたの。すごいでしょ」
 まるで自分が評価されたみたいな喜びようだ。きっと、人の幸せを素直に喜べる人なのだろう。
 小池さんがパソコンのタッチパッドを操作する。
「問題は企画、なにをやるか」
『ZCP企画第2弾』の画面を下にスクロールしていく。映し出された次のページは真っ白だった。その次のページも、またその次のページも同じように真っ白。
 画面をジッと見ていた夢叶ちゃんが口を開いた。
「それを考えるために今日は集まったってわけですね」
「さすが夢叶ちゃん、のみこみが早い。早速だけど何かない?」
 何かない? と急に言われても困ってしまう。みんな黙り込んでしまった。
 沈黙を破ったのはトモちゃんだった。
「前回みたいなドキュメント性の強いやつはアリですか?」
「ナシ、でしょうね」
 トモちゃんのアイデアは、小池さんに1秒で却下された。まさに秒殺。
 また落ち込んじゃうじゃん……と思っていたら、きょうのトモちゃんはいつもと違った。めげずに次のアイデアを提案してきたのだ。
「そしたら、バラエティの方向に振り切っちゃうとかはどうですか?」
「例えば?」
「全日本中学生組体操選手権とか」
 組体操が学校教育に相応しいかどうかが問われている時代に、敢えてソコ!?
 なんとも大胆な発想だ。僕は半分呆れたものの、残りの半分は感心していた。実現したら話題になりそうだからだ。
 でも、小池さんは冷静だった。
「高木さん、テレビは時代の鏡です。映像化して良いものとダメなものがあるんです。組体操は明らかにアウトです」
 トモちゃんは「そうですか」と、うなだれてしまった。
 その様子を見ていた夢叶ちゃんが、足元にあった鞄を膝に置き、ゴソゴソと何かを探し始めた。
「あった」取り出したのは雑誌だ。
「もしかしたら、コレ何かの役に立つかもしれません。女子の間で流行ってるんです」
 小池さんとトモちゃんが読めるようにテーブルに広げたのは、女子中学生向けの情報誌だった。読者モデルと思しき2人の女の子が、カメラ目線で、両手を広げて写っている。有名な女優やモデルを輩出していることでも知られるティーンズ向けの雑誌だ。
「中学生のとき読んでたぁ」トモちゃんが身を乗り出した。
 夢叶ちゃんが特集記事を指さしながら説明する。
「お小遣いで手が届く洋服とか。学校でもギリギリ許されそうなアクセサリーとか。長続きするダイエットとか。今月号は冬を先取りしたマフラーの巻き方特集で、けっこう参考になるんです」
 小池さんが雑誌を手に取りページをめくっていく。笑顔や困った表情でポーズをとる女の子たちが載ったページを真剣に見ている。
 半分ほど確認したところで雑誌を閉じた。
「情報は面白い。だからこそテレビではできない。雑誌に載ってる情報のさらに先にあるものを掘り下げないと、結局は雑誌の域を出ないんだよな。10年前はそれでも良かったけど、ネット社会の今は通用しない。視聴者もそこまでバカじゃないからさ」
「そっか」と夢叶ちゃんが雑誌を鞄に戻そうとすると、トモちゃんがそれに手を伸ばした。
「私が読んでた頃、相談コーナーが人気だったんだ。それってまだあるの?」
「ありますよ。後ろのほうの白黒のページです」
 トモちゃんが雑誌をペラペラとめくり、目当てのページを見つけて声をあげた。
「あったあった! レイアウトも変わってない。懐かしいなぁ。私、この雑誌買うと真っ先に相談コーナー読んでたの」
 記事を目で追いながらトモちゃんがクスクスと笑い出した。
「今も恋愛の悩みが多いんだ。しかも、相談の中身が私の読んでた頃と変わんない。ホラ、こういったやつとか」
 言いながら、開いたページを小池さんの前に置く。見せたのは、ページの隅っこに載っていた記事。
 僕も読んでみたい。腰を浮かせて読もうとしたら、小池さんが音読してくれた。
「中3のK子ちゃん。バレー部に入っていて、顧問のY先生とこっそり付き合っています。っていうか、なんだコレ? 女子中学生なのに彼氏って。っていうか相手が先生ってあり得ないだろ」
 驚く小池さんをトモちゃんがたしなめる。
「先生と付き合う子はいなかったけど、私の中学にも彼氏がいる子は結構いましたよ。男子校の生徒と付き合ってたり」
 納得できないといった表情のまま、小池さんが読み進める。
「Y先生とこっそり付き合っています。Y先生には奥さんと2歳の子供もいます。っていうか不倫でしょ」
 どうやら小池さんは、ビックリすると『っていうか』と口にするクセがあるらしい。一年半一緒に仕事をしてきて初めて知った。
 小池さんがその先を読み上げる。
「Y先生とはキス止まりだったのですが、先日LINEで、妻が旅行中に家に遊びに来ないかと誘われました。付き合ってるのに断るのも悪い気がしています。どうしたらよいでしょうか。っていうか、どうもこうもないでしょ」
「だから、そういうことに女の子は真剣に悩むんです」
「高木さんも、そういう経験があるの?」
「小池さん、セクハラでイエローカードです」
 トモちゃんが、サッカーの審判がやるようにイエローカードを出すふりをする。でも、そのあとに「もう」と頬を膨らませたところを見る限り、本気で嫌がっているわけではなさそうだ。
 スミマセンと謝る小池さんを横目に、トモちゃんがもう一度記事を指さした。
「読んでほしいのは、相談内容に対するコメントです。読者に媚びるわけでもなく、正論が書いてあるんです。担当編集者が回答してるふうになってますけど、たぶん識者にお願いしてると思います。ミカ姐さんみたいな教育評論家とか」
「なるほど。で、その答えが……なになに、中学生と知りながら二人きりになる密室に誘うなど言語道断。相手が先生であろうと関係ありません。しかも履歴が残るLINEでそんなことを軽々しく言ってくるということは、あなたを大事にしていない証拠です。本当にK子さんのことを大切に思っていたら、あとあとK子さんに迷惑がかかるような軽率なやりとりはしないはずです。今すぐ別れたほうがいいでしょう。っていうか、質問より解答の文章のほうが長い」
「そこがいいんですよ。ね、夢叶ちゃん?」
 夢叶ちゃんが黙って頷く。
 味方を得たトモちゃんが、「あっ!」と何か思いついたみたいに口にして、子供のように「はいっ!」と勢いよく手を上げた。
「コレですよ、コレ! 中学生のリアルな悩みを取り上げるんです」
 即座に夢叶ちゃんが反応する。
「ちょっと待って。いま一瞬いけるかもって思ったけど、ズバ解のコンセプトが、まさにソレですよね」
 確かに、そうだ。
 でも、トモちゃんは引かなかった。夢叶ちゃんの指摘を消しゴムで消すように喋り続ける。
「街に出て実際の声を拾えば、スタジオ展開よりリアリティが出るんじゃないでしょうか。顔はモザイクにするから、本当に悩んでることを言って下さいって」
 小池さんが腕を組んで宙を見た。
「顔出しナシで、か。なるほど。それだったらクラスメートのいじめとか、教師への不満とか、いろいろ出そうだな。ただ、夕方の時間帯だし、モザイクはあんまり使いたくないから、クビ切りで撮影する感じかな」
 クビ切りとは、撮影するときに首から上、つまり顔の部分を予めフレームから外しておくやり方だ。
 自分だったら……。どんな悩みを告白するか考えていたら、小池さんがいきなり話を振ってきた。
「正樹はさ、悩みはありますかって聞かれたら、すぐ出てくる?」
 まさに、それを考えていたとこだけど……。
「う~ん、すぐには出ないです」
「そうか」と言ったきり小池さんは黙ってしまった。いろいろ考えているのだろう。
 黙り込んだ小池さんの横でトモちゃんも首を傾げる。
「どんな悩みだったら、今の中学生は共感できるんだろ。雑誌記事みたいなのはレアケースだしね。夢叶ちゃんは、なにかある?」
「共感する悩みというと、先生の教え方が悪くて困っちゃうとかかもしれない。悩みというよりは、殆ど悪口ですけど」
 悪口という部分に小池さんが反応する。
「悪口を先生への不信感として考えれば、悩みにならないこともない。でも、それって結局は内輪ネタに過ぎないだろうな。もっと一般的な共感できる悩みはないかな」
 的確すぎる指摘に、みんなで黙ってしまう。
 沈黙が続く中、突然、僕に企画の神が舞い降りてきた。あいつならナイスなアドバイスをくれるかも! 思いついたら喋り出していた。
「佑次って友達がいるんですけど、そいつに聞けば企画のヒントがもらえるかもしれません」
 小池さんが無精ひげをさすり出す。
「その佑次ってのは、家族にギョーカイ関係者がいたりするの?」
「いえ、ただの幼馴染です。でも、この前のスペシャルを見て僕に言ったんです。放送はつまらなかった。もっとミライさんを見たかったって」
 トモちゃんがウンウンと頷く。
「そういう忌憚のない意見を言ってくれる人って、大事ですよね」
 キタンの意味はわからないけど、否定されたわけではなさそうだ。なんとなくニュアンスで理解できた。
 小池さんのひげをさすっていた手が止まる。
「その佑次ってやつの忠告は、あながち間違ってない。作り手からすると、まっとうな意見だ」
 僕はここぞとばかりに佑次をプッシュした。
「そうなんです。佑次がつまらなかったというように、視聴率表を見たら、確かにティーンは全然きてませんでした。あと、ミライさんをレギュラーにしろとも言っていました。分計もミライさんのところが上がってたので、視聴者もそれを望んでるのかもしれま……」
「今すぐ佑次の意見を聞きたい!」小池さんが僕の喋りを遮った。
 学校帰りでスマホを持っていないので佑次の携帯番号がわからない。でも、大丈夫だ。自宅の番号は知っている。小学生のとき、イヤというほどかけたから。
 僕がそらんじた番号を小池さんがスマホに打ち込んだ。コール音が始まったのを確認してから、スピーカー設定をオンにして、スマホを僕に差し出してきた。佑次の意見をみんなで聞こうというわけだ。
 電話に出たおばさんに、佑次に取り次いでもらう。
「久々じゃん、家に電話してくるなんて。スマホなくした?」
「別になくしてないけど、ちょっと聞きたいことがあって。早速だけど、いま悩みってある?」
「なんだよ、藪からスティックに」
 時代遅れのギャグに小池さんが笑いを堪える。夢叶ちゃんとトモちゃんはノーリアクションだ。
「実は、またズバ解のスペシャルやることになったんだ。それで佑次の意見を参考にできればと思って。ミライさんをレギュラーにすればいいって言ってたのが、その通りになったからさ」
「え、ミライがレギュラーになるの?」
 しまった。ミライさんの登場は今度の週末から。放送の前日に、番組ホームページで解禁されることになってたんだ。しかし、一度口にしてしまったものは引っ込められない。
「そうなんだ。佑次の言った通りになったから、先に教えておこうと思って。だから、まだ誰にも言わないで」
「マジで? わざわざ教えてくれて、サンクス、ローソン、セブンイレブン!」
 サンクスなんて、もうないじゃん。と小池さんが笑いを押し殺しながら小声で突っ込む。まさにそのツッコミがくることも含め、佑次はコンビニギャグを使っている。以前、自慢げにそう話していた。ひょっとすると、佑次にはお笑いのセンスもあるのかもしれない。
 ただし、女性陣にはこれまたウケが悪いようでノーリアクション。
 ダメだ。このままでは佑次に電話した意味がない。質問を変えてみよう。
「じゃあさ、中学生はどんな悩みだったら共感できると思う?」
 これには即答だった。
「そりゃ恋でしょ。あ、そうだ! 恋の悩みといえば、早く夢叶ちゃんに会わせてくれよ」
 話が変な方向に転がり出した。嫌な予感がしたけれど、既に佑次は電話の向こうで喋り出していた。
「寝る前にさ、いっつも夢叶ちゃんと妄想デートしてるんだけど、きのうなんか遊園地のお化け屋敷に行っちゃったよ。キャッて飛びついてきた夢叶ちゃんの可愛さといったら、あれはもう天使だな」
 勝手に妄想に登場させられた天使は、目をギュッと瞑ってしまった。その様子を見て、小池さんとトモちゃんが顔を見合わせ、微笑んでいる。
「夢叶ちゃんには今度会えるようにセッティングするから」
 言った途端、夢叶ちゃんの冷たい視線が僕に突き刺さる。「ごめん」と夢叶ちゃんに向かって口だけ動かし、片手拝みをしながらスマホに喋り続けた。
「で、恋の悩みって具体的には?」
「恋の悩みっていったら、恋の悩みだよ。好きだけど告白できない。好きじゃない人に告白される。みたいなやつ。他にはそうだな……教育実習の女の先生とできちゃった3年生の先輩とか。それから、サッカー部で揉めた噂もあったよね。マネージャーが5人の部員と付き合ってた話。あと最近だと、俺のクラスの佐藤が、親友の彼女を横取りしたって話もあったな」
 具体的なエピソードが、ポコポコポコポコ佑次の口から溢れ出てくる。
「そういう話って、聞いてて飽きないんだよね。もしかしたら俺もそんなふうになるかもしれないなんて、無駄に心配しちゃったり。まぁ、彼女ができたら幼馴染のよしみで真っ先にお前に教えるから安心しろって」
 小池さんは、スピーカーから聞こえてくる佑次の言葉をノートパソコンに打ち込んでいた。僕の視線に気づくと、打つのをやめて右手の親指を突き出してきた。そして、そのままオーケーマークを作った。
 もう大丈夫ということか。目で小池さんにたずねると、大きく頷き返してきた。
「佑次ありがとう。参考になった。じゃあね」
 早口で言って電話を切ろうとすると「夢叶ちゃんに絶対会わせてくれよな」と佑次は食い下がり、あろうことか予想もしない爆弾を落としてきた。
「わかった。会わせてくれないのは、正樹も夢叶ちゃんのことが好きだからか。前に言ってたもんな、ポニーテールじゃない髪をおろした夢叶ちゃんが大人っぽかったって。髪をおろした姿をみるシチュエーションなんて、そうそうないと思うけど。さては今も夢叶ちゃんと一緒だったりして」
 恐ろしいほど、勘が鋭い。電話の向こうでヒューヒューと囃し立てる声が聞こえたけれど、僕は構わず通話終了ボタンを押した。耳が熱い。熱すぎる。
 トモちゃんが、ニコニコしながら僕を指さしてきた。
「正樹君て、夢叶ちゃんのこと好きだったの?」
「違います、全然好きじゃないです」
 否定してから、まずいと思った。いくらなんでも全然はないだろう。慌てて言い直す。
「好きじゃなくはないです」
 待て待て。これでは好きということになってしまう。慌てるな、塩田正樹。落ち着いてから、もう一度言い直す。
「好きです。けど、好きじゃないんです。かといって嫌いかと言われれば、そうではなくて」
 しどろもどろになってるじゃん! ダメダメな僕に助け舟を出してくれたのは、ほかでもない夢叶ちゃんだった。ボソッと一言。
「LOVEじゃなくて、LIKEってことだよね」
「それ!」僕はその場に立ち上がり、夢叶ちゃんを指さしてしまった。あまりにも言い得ていたからだ。
 夢叶ちゃんは「なんかフクザツ」と言ってから、氷がすっかり溶けてしまったオレンジジュースをストローで乱暴にかき混ぜた。
 一連のやりとりを見ていた小池さんとトモちゃんは、声を出して笑っている。

 小池さんが提案した冬のスペシャル企画は、プロデューサーにすんなり採択された。
『中学生100人インタビュー! リア充の悩みをスケスケフューチャーSP』
 僕と夢叶ちゃんが100人の中学生にインタビューして、彼らの悩みの結末をミライさんが現場で占うというものだ。
 小池さんからのLINEでタイトルを知り、胸が高鳴った。面白そうでワクワクしてくる。でも、直後に届いた小池さんのメッセージを見て、そのワクワクがドキドキに変わってしまう。期待から不安へ急転直下だ。

   『因みにオンエアは12月24日。クリスマスイブの土曜だから』

 僕にとってその情報は、因みにで片付けられるほど軽いものではない。
 12月24日は、僕の誕生日。
 13歳の壁を乗り越えられたかどうか見極める日だ。
 ロケは2週間後。自分を覆っている殻を破るには、何をしたらいいだろう。考えないことには始まらないし、変わることだってできない。
 ロケで自分らしさを出すうまい方法がないかと、その日から必死に模索した。朝から晩まで、学校でも家でも仕事場でも。
 だけど、そう簡単にアイデアは出てこない。当たり前だ。それができていれば、こんなに悩んでいないだろう。だったら……ロケの内容がもう少し見えてから考えればいいや。と、いつものように都合の良い言い訳を自分でみつけて、考えるのをやめた。
 これだから僕はダメなんだ。わかっているから自分で自分が嫌になる。

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