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13歳の壁を乗り越えろ 第9話

【第9話】

 週刊新風の発売日、前日。
 昼過ぎに、花林社長が記事を持って自宅に駆け込んできた。
 手渡されたゲラには、またも人を小馬鹿にしたような見出しがある。もちろんクエスチョンマークつき。
   『リア充熱愛スクープ! 夢叶姫、正樹を尻に敷く?』
 白黒の見開きページに、二枚の写真が載っていた。
 一枚は夢叶ちゃんが僕の肩を叩いている……ように見える写真。
 もう一枚は、僕が夢叶ちゃんの手を握っている写真だ。
 それを見た母さんは、「ギャッ」と尻尾を踏まれた猫のような声をあげた。
 ズバ解のプロデューサーと話してきたという社長が、眉をひそめる。
「正樹、コレはまずいな。夢叶ちゃんとデキてたのか?」
「デキてたなんて下品な言葉使わないで、お兄ちゃん」
 母さんが社長を睨む。相手が肉親とあって、きかせた睨みは容赦ない。
「悪い悪い。そういうつもりじゃなくて。まぁ、デキてたデキてないは置いといて、正樹はこの写真を撮られた覚えはあるのか」
 すぐには、わからなかった。でもよく見ると、写真の隅っこに見覚えのある滑り台がある。カメ公園だ。
「夢叶ちゃんチの近くのカメ公園です。今年の5月頃に二人で会いました。30分ぐらい仕事の話をしただけですけど」
 説明したものの、どうにもこうにも腑に落ちない。なんで、あのときの写真が……出どころはドコだろう。
 僕の疑問に答えるように、社長が記事の片隅を指で示した。そこにあったのは、ペット情報誌の表紙の写真。
「記事を読めばわかるけど、週刊新風と同じ出版社のペット雑誌に、お前たちが写り込んでいたようだ。犬のグラビアを撮っていたら、二人の逢瀬が偶然にもフレームに収まっていた。だってさ」
 記事には、僕と夢叶ちゃんが人目もはばからず公園デートを楽しんでいて、会話の途中で、突然夢叶ちゃんが僕に手をあげた……と書いてある。
 もう一枚のほう。手を握っている写真の説明は憶測だけど、なんともそれっぽい文章になっていた。怒られた僕が夢叶ちゃんに謝って、許してもらって安堵して、それで手を握って仲直り……とあった。
 読みながら足がガタガタ震えてきた。怯えているのではない。裏付けもなくテキトーな記事を載せた週刊新風に対し、怒りで全身が震えているのだ。
 記事は、それだけにとどまらなかった。
「次のページに、これも載る」
 社長がズボンのポケットから、もう一枚ゲラを出した。
 その記事は、ページの上半分を割いていた。
 険しい表情の夢叶ちゃんの写真の横に、白抜きの見出しが躍る。
    『夢叶姫に試練 両親別居で家庭崩壊』
 ついに、すっぱ抜かれてしまった。
 別居を始めた時期。その原因。お母さんが実家に戻っているということまでが、関係者の証言として綴られている。読む限り、殆どが事実だ。
 夢叶ちゃんはどんな思いで記事を読むのだろう。もうこれ以上、夢叶ちゃんを悲しませないでほしい。
 そう思った矢先、LINEに着信が入った。ZCPグループに夢叶ちゃんからだ。

   『この度はお騒がせして申し訳ありません。
    家庭のゴタゴタが
    まさか記事にされるとは思ってもみませんでした。
    書いてあることは、ほぼ合ってます。
    あと、正樹君との記事、
    内容はさておき写真は本物です。
    ご迷惑おかけしてすみませんでした。』

 最初にメッセージを返してきたのは、グループに入ったばかりのトモちゃんだった。

   『夢叶ちゃん、大丈夫?
    一人で抱え込まないでね。
    なにかあったら連絡ちょうだい。
    正樹君もファイト!』

 続いて、小池さんから。

   『プロデューサーによれば、
    番組的にはなんの問題もないみたい。
    正樹も夢叶ちゃんも気にすることないから。
    それより、二人ともデキてたの?』
 
 クマとウサギが抱き合っているスタンプは、小池さんなりの優しさだろう。
 みんな優しい。優しすぎる。
 僕は前にも、同じようなことでみんなに迷惑をかけている。どうにかしなくちゃ。せめて、事実と異なるということだけでも弁解したい。
 突拍子もないアイデアが閃いたのは、まさにそのときだった。
 僕は自分の部屋に行って、LINEにメッセージを打ち込んだ。社長には事後報告だ。関係者にいろいろ連絡していて大変そうだったからと、あとで言い訳しよう。うん、それでいい。

   『小池さん、トモちゃん、夢叶ちゃん、ごめんなさぁぁぁぁぁい。
    撮られたのは僕が悪いというのは承知の上ですが、
    あの記事は許せません。
    夢叶ちゃんが、僕に手をあげるはずないんです。
    だから決めました。
    記者会見を開いて事実を説明します。
    止めても無駄です。ゼッタイにやります。
    キャスターをめざしているのだから、当然のことです。』

 メッセージを送信すると、すぐに3人の既読がついた。だけど、返事がこない。5分経っても既読スルーのまま。
 こんな大胆なことを思いつくなんて、自分でも驚いているのだ。3人がノーリアクションなのも無理はない。
 それなら先に社長に話しておこう。
 リビングに戻り、記者会見を開きたいと社長に伝えると、案の定、怒鳴られた。
「そんなこと、させられるか! 中学生がカメラの前で釈明会見なんて」
 ここで引き下がったら、僕は何も変わらない。
「そんなことそんなことって、会見開くのがそんなに悪いことですか? 説明不足を補う会見だと思って下さい。不倫した芸能人の謝罪会見より、よっぽど筋が通ってると思います」
「でもな、お前にそんな酷なことはさせられない。中学生の釈明会見なんて前代未聞だぞ」
 前代未聞という言葉に反応したのは、母さんだ。
「前代未聞だからこそ、やってみたらいいじゃない。正樹、母さん応援する。母さんも、前から夢叶ちゃんを悪くいう記事にうんざりしてたの。真っ向から否定してきなさいよ」
「そうは言ってもな」
 煮え切らない社長に、母さんは昔の話を持ち出した。
「お兄ちゃん、覚えてる? 私が小学校でいじめられたとき、全校集会でイキナリ朝礼台に駆け上がって宣言してくれたじゃない。俺の妹をいじめた奴は、ぶん殴って蹴っ飛ばして踏んづけるからって。忘れちゃった?」
「それは子供の頃の話だろうに」
 照れくさそうに頭を掻いていた社長の手が、ピタリと止まった。
「子供だからこそ素直な気持ちをぶつけられることって、あるかもしれないな」
 自分に言い聞かせるように呟いたあと、僕に聞いてきた。
「正樹、後悔しないか?」
「はい」社長の目を見て深くうなずいた。僕も社長も目を離さない。
 少しして、社長が「ふぅ」と軽く息を吐き、勢いよく膝を叩いた。
「よし、やるぞ! やってみろ! 善は急げだ。明日の夕方5時に会見を開く」
「ありがとうございます!」
「そうと決まれば、各所に連絡だ。それにしても、こんなときに泉は何やってるんだ。電話しても全然出ないし。まったく!」
 話がまとまったのを見ていたかのように、LINEの着信音が連発した。

   『記者会見、事務所が許してくれるならやってみろ!』

 手をメガホンにして叫ぶウサギのスタンプつきで送ってきたのは、小池さんだ。
 トモちゃんからはシンプルに一言。

   『負けないで』

 記者たちの質問に負けるなということだろう。
 夢叶ちゃんからは提案だった。

   『記者会見、いいと思う。私も一緒に会見しちゃダメかな?』

 それには、すんなり返事が打てた。

   『今回は僕に任せて。なんとかしてみせるから』
 
 すぐに夢叶ちゃんから返事が届く。
 
  『それじゃお願いするね。私のぶんまでヨロシクです』
 
 だんだん勇気がわいてきた。今すぐにでも会見に臨みたいくらいだ。
 社長の行動も早かった。テレビ局、新聞社、出版社に、会見を開く旨を伝えるファックスを一斉に送り付けたのだ。30社ほどに送信するのに、1時間もかかっていない。
 メールやSNSが当たり前の時代に、事務所からの重要な報告は、今でもファックスが使われる。メールよりファックスのほうが情報が外に漏れるリスクが少ない……というのが理由らしい。
 そこから記者会見の練習が始まった。記者から飛んでくる質問にどう答えるかシミュレーションするのだ。
 質問者の目を見て話すという基本的なことから始まり、喋るスピード、水を飲むタイミング、質問を受けてから答えるまでのタメの作り方に至るまで、社長に手取り足取り教えてもらう。変化球の質問には、その場で考えて答えるということになり、会見の練習は2時間ほどで終わった。
 外はもう、すっかり暗くなっている。
「まぁ、俺が隣に座るから、安心して喋ればいいさ。思ったことをそのまま自分の言葉で言えばいい」
 社長はとても大事なことを、どうでもいいふうに伝えて帰っていった。

 日付が変わる頃に小池さんからLINEが届き、それを見て胸が熱くなった。

   『夜、泉さんがスタッフルームに
    ケーキの差し入れ(高そうなやつ)持ってきた。
    プロデューサーに謝ってたよ。
    別にどうってことないのに(笑)』

 スタンプはシンプルにサンキュー。直後に夢叶ちゃんからも。

   『泉さん、私の事務所にもバームクーヘン持って来てくれたみたい。
    うちのタレントがスミマセンって』

 まさかとは思ったけれど、トモちゃんのところにも行っていた。

   『アナウンス部にも菓子折り持参で挨拶に来てくれた。
    なかなかできることじゃないって、先輩が褒めてたよ。』

 泉さんがうちに来なかったのは、ゴメンナサイを言いに各所を回ってくれていたからだった。
 お礼の電話をしようとスマホを手に取る。でも……考えてから、かけるのをやめた。
 明日会ったとき、目を見てちゃんと感謝の気持ちを伝えよう。

 翌日、午後4時にテレビ局に入った。ズバ解のスタジオで会見を開くのだ。
 大一番を前に、僕は楽屋でひとりきりだった。花林社長と泉さんが、会見場でマスコミ対応に追われているからだ。
 緊張していたら、小池さんがいつもと変わらない様子でやってきた。
「正樹、生放送見てるから。シッカリ喋れよ。ついでにズバ解の宣伝もヨロシク」
 小池さんがスネ夫のような口でサラリと言った一言に、全身が総毛だった。
「な、な、生放送って、どういうことですか?」
「だって会見5時からだろ。その時間帯、どこの放送局もニュースを放送してるから間違いなく生中継するでしょ。ラテにも書いてあったし」
 ラテとは、新聞のラジオ欄テレビ欄のこと。楽屋に置いてある新聞を手に取り、テレビ欄を見て面食らった。
 会見を開く放送局の夕方5時のニュースのところに『前代未聞! 子役塩田の熱愛釈明会見を生中継』と書いてあったのだ。
 もしやと、横に並ぶ他局の欄も見てみると、いずれも似たような文句が打ってある。
 頭がクラクラしてきて、そのまま畳に崩れ落ちてしまった。
 寝転がっている僕の尻を、小池さんがペシンと結構な強さで叩いてきた。
「腹をくくれって! それにしても、正樹のトコの社長もやるよな。わざわざ生放送の時間帯に会見をぶつけるなんて。生放送で下手なこと口走るリスクより、きっと喋った言葉がそのまま放送されるメリットを選んだんだろう。正樹の思いが捻じ曲げられないように。親心だな」
 正確には伯父心だが、そんなことはもはやどうでもいい。
 だけど確かに、生放送なら編集される心配がない。喋った言葉がそのまま電波に乗って視聴者に届く。社長はそこまで考えてくれていたということか。
 悲しくないのに涙が頬を伝った。

 会見を行うスタジオの入口から様子を窺うと、想像した以上にカメラが集まっていた。テレビカメラが5台、新聞社や出版社のスチールカメラマンは10人ほどだ。30脚用意した記者用のパイプ椅子も全て埋まっている。
 もう、後戻りはできない。
 会見5分前。入り口でスタンバイしている僕のところに社長がやってきた。
「まさかこんなに集まるとは、お前の人気も捨てたもんじゃないな」
「芸能界史上初となる子役の熱愛釈明会見だからに決まってるじゃないですか。社長、わざと夕方のニュースの時間帯狙いましたね」
「うっかりしてた。5時にニュースやってるの忘れてたよ」
 目尻に皺を刻んでいる。間違いない。確信犯だ。
 スタジオの時計が夕方5時をさし、司会者のアナウンスが会場に響いた。
「それでは、これよりタレント塩田正樹の会見を始めます」
 聞きなれた声。会見のことで頭がいっぱいで気づかなかったけど、僕らがつくテーブルの横に、トモちゃんがマイクを手にして立っている。
 目が合うと、マイクを持つ反対の手で、こっそり親指を突き出してきた。 それを見て、僕も親指を突き出した。
 スタジオの入口には、小池さんの姿も見える。えっ……隣に夢叶ちゃんも!
 来てくれたんだ。
 そうだ。僕は一人じゃない。ZCPの仲間がついている。

 いよいよ、戦いの幕が上がる。
 社長の先導でテーブルまで行き、立ったまま二人で深々と頭を下げた。
 練習したとおり、ゆっくり5秒。倒した頭のてっぺんに、カシャカシャとフラッシュの音が突き刺さる。
 頭をあげて、記者を見まわしてから僕は口を開いた。
「この度はお忙しいところ、会見に集まっていただきありがとうございます」
 喋るスピードは、いつもよりゆっくりと。
「きょう発売の週刊誌に掲載された、篠原夢叶ちゃんとの関係について事実を語らせてもらおうと思い、この場を設けさせてもらいました。よろしくお願いします」
 もう一度頭を下げると、隣で社長もお辞儀しているのが気配でわかった。
 まずまずの滑り出しだろう。
「本日の会見は、フラワーキッズプロダクションからの要望で質疑応答形式で行います。質問のある方は挙手をお願いします。その際には、メディア名とお名前をおっしゃってください。それでは質問の……」
 トモちゃんの説明が終わらないうちに、スッと何本か手が上がった。
「では、一番前の茶色のジャケットを着た眼鏡の男性、お願いします」
「はい。テレビ番組『グッドデイズ』の土屋です」
 トモちゃんが最初に選んだのは、丸メガネがトレードマーク、ねちっこい取材で有名な芸能リポーターだった。望むところだ。
「単刀直入に伺います。夢叶ちゃんとは、お付き合いされてるんでしょうか?」
 ずいぶん直球の質問だ。社長の顔を窺うと、思った通りに喋れと目で言っている。
 僕はテーブルのマイクをゆっくり手に取った。これも、きのう社長に教えてもらった通り。多くの視線が注がれる記者会見では、喋りだけでなく、動きもゆっくりと。急いては事を仕損じるそうだ。
「………………お付き合いは、していません」
 たっぷりタメを作った。わざと間をとることで、発言が真実味を帯びるという。
 間髪入れず丸メガネのリポーターが質問を重ねてくる。
「写真では、篠原さんと親密そうにしてました。塩田さんにとって篠原さんはどんな存在ですか?」
 間をあけずに突っ込んでくるところは、さすがだ。とはいえ、これは想定の範囲内。慌てることはない。
「小学生のときから子役で一緒にやってきた大切な存在です」
「大切な存在」という言葉を発した瞬間、リポーターの丸メガネの奥の瞳が光った。
「大切な存在ということは、好意があるということでしょうか? この際ハッキリさせたらどうでしょう。好きか、そうでないか」
 好きかどうかハッキリさせろという質問は、想定外だった。
 どうしよう。横を見ると、社長が僕に向かって頷いている。それって、好きに喋れってこと? そんなふうに促されても困ってしまう。喋ったことがそのまま全国に流れてしまうのだ。生放送で軽率な発言はできない。
 少しのあいだ黙っていたら、カシャカシャといくつものシャッター音が響いた。弱った獲物を狙う獣のように、カメラマンがここぞとばかりにシャッターを切っている。
「好きでも、愛してるでもいいので、言っちゃいましょうよ」
 丸メガネのリポーターが、下品な笑いを浮かべながら「どうぞ」という感じで手の平を差し出してくる。しかし、図らずもその質問が助け舟となった。
「夢叶ちゃんのことは、好きです」
 カメラのシャッター音が一段と大きく響く。その音がスロー再生のようにゆっくり耳に滑り込んできた。落ち着いている証だろう。
 数秒待って、シャッター音が鳴りやんだタイミングで僕は言い放った。
「でも、その好きは、LOVEではなくて、LIKEです」
 会場が水を打ったように静かになる。記者席に居並ぶ大人たちは、今の一言をどう受け取ったのだろう。
 ほどなく、丸メガネのリポーターが「ありがとうございました」と席に座った。どうやら納得してくれたようだ。
 トモちゃんが進行を再開する。
「次に質問のある方」
 後ろのほうに座っていた赤いセーターの女性が手を挙げた。
「では、後ろの赤いセーターの女性の方」
「『ワイドアングル』の神田です」
 報道色の強い朝のワイドショーのメインキャスターだ。
 ワイドショーのキャスターが、芸能人の会見に立ち会うなんて、普通ならばまずあり得ない。だけど、元報道記者の彼女は例外だ。現場に足を運び、そこで感じたことを自分の言葉で届けることを信条としている。前に何かで言っていた。
 神田さんが顔の前で、Vサインのように指を2本立てる。
「お聞きしたいことが、二つあります」
 2本の指のうち1本を折り曲げ、人さし指だけの状態にした。
「ひとつめは、週刊誌の記事によれば、篠原さんが塩田君を叩いているように見えたとありましたが、本当に叩いたのでしょうか。叩かれていないとしたら、何をしていたのか」
 そこで、再び指をVサインにした。
「ふたつめは、仮に叩いていたとしてですが、篠原さんは普段からそのようなことをするのでしょうか。お願いします」
 こちらが喋りたいことを知っているかのような質問だ。
 だから、淀みなく答えることができた。
「ひとつめの叩かれたかという質問については、叩かれていません。あの日は、ズバ解のことで相談があると夢叶ちゃんに連絡をもらい、会いに行きました。なぜ夢叶ちゃんがあんな仕草をしていたかというと、確か僕が冗談を言ったんだと思います。それで夢叶ちゃんが僕の肩をポンと叩いてきた、と。それから、ふたつめの質問については」
 記者たちに気づかれないよう、ここで深く息を吸い込んだ。このあと一息に喋るつもりだからだ。
「夢叶ちゃんは、暴力をふるうような人ではありません。週刊誌の見出しにもあった夢叶姫という言葉には、正直頭にきています。ネットで書かれているとはいえ、ソレに乗っかるっていうやり方が許せない。記事を書いた人の仕事に対する姿勢を疑います。夢叶ちゃんのことをなんにも知らないくせに、勝手に書き立てて。書かれるほうの身にもなって下さい」
 夢叶ちゃんの両親の離婚報道にも触れておかなければ。
「僕らの家族のことを書くのもやめてほしいです。僕らがもし自分の子供だったらと考えてみて下さい……書けますか?」
 夢叶ちゃんの名前は出さなかったけど、僕が言いたいことは記者たちにも伝わったようだ。
 質問した神田キャスターも、うんうんと首を大きく縦に振っている。「もっと言っていいよ」と促してくれているようだ。そう汲み取って言葉を継いだ。
「ネットの人たちも酷すぎる。匿名だから何でもアリという風潮は、もうやめませんか? もし書くのであれば、その人も実名を公表するべきです。悪口を言うのであれば、対等にならないといけないのではないでしょうか。それをしない人は、卑怯者です」
 気づいたら椅子から立って訴えていた。マイクを握る手にも、恐ろしく力がこもっている。
 神田キャスターが、改めて僕に視線を向けてきた。
「では、週刊誌の記事は殆どが間違いということでよろしいですね」
「間違いというか、捻じ曲げられてます」
 回答に頷いた神田キャスターは、会場を見回して一人の記者に目を止めた。その視線の先にいたのは、サングラスにハンチング帽の中年男。
「ということだそうです、週刊新風さん。いい機会なので、私もこの場を借りて言わせてもらいます」
 新風の記者らしきハンチング帽の男は、だんまりを決め込んでいる。そのハンチング帽を睨むようにして神田キャスターが続けた。
「新風さんがこれまで連発してきたスクープは、確かにスゴイ。それは認めます。ただ、ここ最近は売れ行き重視なのか、取材が不十分であるにも関わらず、とりあえず記事を出してる感が否めません。今回の塩田君の記事が、その最たるもの。そのあたり、どう考えてるんでしょうか?」
 神田キャスターの提言にハンチング帽は「負け惜しみじゃねえか」と吐き捨てた。
 その一言がいけなかった。記者たちの怒りの導火線に火をつけてしまったのだ。会場のそこかしこから非難の声が上がり始める。
「うちもアングルさんと同じ意見だ。アイドルが言ってたぞ。新風さんに実家のまわりをウロウロされて困ってるって。取材が行き過ぎなんじゃないのか?」
「俺も聞いてるぞ。不祥事起こした芸人が謹慎中に行ったコンビニの店員つかまえて、誘導尋問したらしいじゃねぇか。態度悪かったでしょ? 偉そうな口のきき方だったでしょ? って、強引に悪いイメージを引き出そうとしてたらしいな」
 ヤジが飛び交う中、トモちゃんが「皆さん、いろいろあるようなので、新風さんに意見のある方は、挙手してください」と機転をきかせる。
 そこから僕の記者会見は、週刊新風を責め立てる場となり、ハンチング帽は舌打ちをして会場を出て行った。
 信じられない光景を目の当たりにしたのは、直後のことだ。
 パチパチパチパチ……。
 会場の記者やカメラマンが、僕に向かって拍手をしてきたのだ。しかもスタンディングオベーション。
 予期せぬ展開にどう対処したらいいかわからず、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
 拍手が収まったところで、ワイドアングルの神田さんが僕に言った。
「きょうの会見は、私たちメディアが報道の在り方を見直す良い機会になったと思います。新聞、週刊誌、テレビが、今後どのように報道と向き合っていけばよいか、改めて考えさせられました。塩田君ありがとう」
 再び拍手が鳴り響く。
 喝采の中、僕の一世一代の記者会見は終わった。
 長く感じたけど、実際に喋っていたのは30分ほどだった。

 楽屋に戻ると見慣れた顔が揃っていた。花林社長、泉さん、小池さん、トモちゃん。それに夢叶ちゃんも。
 みんなの顔を見たらなんだか安心して、疲れがドッと出てきた。どんな言葉をかけられても、相槌を打つのがやっとという状態。
 自宅に帰ったら疲れはさらに増していて、自分の部屋に直行した。心配していたであろう父さんと母さんには申し訳ないけど、会話をすることさえもきつかったのだ。
 ベッドに倒れ込んで目を瞑った途端、深い眠りにストンと落ちた。

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