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典雅にして深淵:坂東玉三郎、春風亭小朝歌舞伎座特別公演レビュー

 盛夏の文月25日、玉三郎丈と小朝師匠との一夜限りの特別公演が歌舞伎座で行われた。演目は、前半が『牡丹燈籠』、後半が『越路吹雪物語』という永年の愛好者にとっては堪らない二本。チケットは販売開始早々完売だった。
 圓朝の名作『牡丹燈籠』の「御札はがし」は小朝師匠の若い頃からのオハコで、CDにもなっている聴き慣れたネタではあるが、玉三郎丈と並んでの芝居仕立ては、奥行き立体感がより増して、新鮮な情趣を産み出していた。お露、お米、お峰を見事に演じ分ける玉三郎丈の表情と口跡は、さすが人間国宝、余りの達意に嘆息させられるばかりであった。
 そして、なんといっても当夜のお待ちかねは『越路吹雪物語』である。この1時間弱の胸ふるえる感動、陶然感をなんと表現すればよいだろう。こちらも小朝師匠長年の持ちネタながら、その語りの軽妙洒脱さは、あらためて言うまでもない。コーちゃん越路吹雪のありし日の姿を、盟友岩谷時子、恋伴侶内藤法美などとのエピソードを絡めつつ彷彿とさせる描出力は、他の追随許さぬ名人芸、抜群の安定感だった。そうした生粋の東京人たる洗練の前口上を請けて舞台中央で歌いあげられる、いずれも懐かしい越路吹雪ナンバー。決してモノマネなどではない、玉三郎丈の惚れ惚れするばかりの歌唱。典雅にして澄明感に満ち、時に力強ささえ迸る声量、音色の、なんと言う素晴らしさだったろう。当然ながら小朝師匠ひとりで語る『越路吹雪物語』より、はるかに感動は大きい。前半の『牡丹燈籠』以上の深淵にして広大ない世界観に、ずっとこの時間が永遠たれと思わされるばかりだった。ラストの『愛の讃歌』は、このところピアフの原詩に近いということで美輪明宏の訳で歌われることが多くなっているが、やはり岩谷時子訳、越路吹雪歌唱こそ唯一無二。絶唱する玉三郎丈に越路吹雪が降臨していた。個人的には周囲に変人扱いされながら中学生で夢中になって、何度も日生劇場に通った自らの往時が何度も胸締めつけるように甦ったことだった。また、歌舞伎座で初めてピアノを聴いたように思うのだが、あのコンサートピアノはスタンウェイだったのだろうか。綺麗に場内に響き渡って、その感動も重なった。
 誠に素晴らしい一夜限りの特別公演だった。BS松竹、衛星劇場を有する松竹に、本公演放映を懇願したい。

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