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【学びの多様化学校を創る③】定員30人に95人が参加 ー神奈川県鎌倉市が説明会開催

教育長の高橋洋平です。

『内外教育』の田幡記者が、鎌倉市の「学びの多様化学校」開校に向けた取組について取材し、紙面に取り上げてくださっています。
第3回分について、掲載許可をいただきましたのでnoteで掲載させていただきます。


会場をのぞきながらなかなか中に入れない子がいる。慣れない大人数に戸惑っているようだ。引きこもり気味でこの場に参加できず、個別の機会を用意してもらう子がいる。会場には一様に緊張した顔が並ぶ。それでも1時間を超える説明に静かに耳を傾ける。期待感を持って。スピーカーからの音に耳をふさぐ子や、座っていられず、途中で離脱してしまう子も・・・・・・。

予想上回る

神奈川県鎌倉市が2025年4月開校を目指す「学びの多様化学校」(不登校特例校)について、子どもと保護者向け説明会が夏休み中の8月18、19日の両日、市内の御成小学校の多目的室で開かれた。新しい学校「市立由比ガ浜中学校(仮称)」の概要(①記事参照)を当事者に直接説明する初めての機会であり、子どもと保護者に説明会への参加を求め、転入学に向けた一連のプロセスの始まりでもある。

「転入学定員30人(各学年10人)程度」の枠に対し、説明会への参加を申し込んだ児童生徒は95人。保護者も含めた両日の参加者は192人に上った。同市の不登校の中学生は22年度約200人。説明会は小学5年生から中学2年生までの児童生徒が対象であり、単純比較はできないものの、参加者数は市教育委員会の予想を上回った。多様化学校への関心と期待の高さを示した。

市が3年間行ってきた探究学習の「かまくらULTLA(ウルトラ)プログラム」にほぼ毎回参加してきた小学6年生の女子児童も説明を聞いた。由比ガ浜中について「ウルトラみたいで行ってみたい」とはにかむ表情で言う。母親も「他の学校と違って楽しそう、わくわくする感じがします。これから本人と相談したい」と前向きだ。

「コロナ禍で不登校に拍車が掛かりました」という小学5年生男子の母親は「今まではフリースクールしか居場所がありませんでしたが、高校に進学する際に単位として認められる公立中学づくりに市が取り組んでいるのは、一歩進んだと受け止めています。でも、定員が各学年10人だと転入学は現実的ではないのかなとも思います」。

定員という人数制限に割り切れない思いを持つ保護者は少なくない。とはいえ、由比ガ浜中は「少人数を活かした生徒一人ひとりへの丁寧な支援」を目指している。校舎や教職員のキャパシティーも限られる。不登校でなくても手厚い指導体制を求め、転入学を希望する例も出てきそうだ。

このため、「転入学のてびき」には「希望者が定員を超えた場合は、不登校が長期化していたり、登校意思が強い児童生徒を優先する」と明記している。発達障害などの特性を持つ子と不登校は重なることもあるが、「常時支援の必要性」がある場合は、由比ガ浜中ではなく在籍校の特別支援学級が本人にとって最適な選択肢であると判断する場合もあるという。

今回説明会に参加を申し込んだ95人のうち25人が市外からの参加だったのも目を引く。神奈川県内の公立の多様化学校は大和市の一つだけ。近隣市町村在住者の関心も強い。

隣接する藤沢市から参加した、小学6年生の女子児童は「自分みたいな子が集まってきているところで、共感できそう」と期待している。母親は「来年度は中学1年生になるのでちょうどいいタイミング。ぜひ行かせたいです。子どもも『ここなら行けそうな気がする』と気分が乗ってきている。行けなかったら不登校が続くだけ。引っ越して通わせるつもりです」と切迫感は強い。

由比ガ浜中は鎌倉市立であり、市外在住のまま通うことはできない。てびきによると、25年4月に鎌倉市に転入する場合でも、「定員をオーバーしている状況では鎌倉市在住の児童生徒を優先する場合がある」としている。

同市の高橋洋平教育長は「定員でばっさり切るようなことはしたくありません。できるだけ多くの子を受け入れたいと思っています」と話す。その上で、教育長は説明会のあいさつに立ち、「由比ガ浜中だけが唯一の選択肢ではありません。今の学校に在籍しながら支援を受けられる校内フリースペースや教育支援教室、外部のフリースクールもあります。どういった学びの場がその子にとって最適か、ふさわしい場を一緒に考えましょう」と呼び掛けた。

概要を説明した市教委の坂本卓多様な学びの場づくり担当課長も「由比ガ浜中はあくまでも選択肢の一つ。転入学ですべてが解決できるわけではありません」と、過度な期待が膨らまないよう強調した。

市教委はこの説明会を皮切りに在籍校面談、学校体験、教育相談など八つのステップを通して、転入学がその子にとって最適な選択肢かを慎重に判断し、転入学者を決定することになる。

坂本課長は「実際に期待してくれている子どもたちを目の前にして、うれしかったのと、さらに身が引き締まる思いです。しっかり学校づくりを進めていく決意を新たにしました」と話した。

子どもに合わせる

説明会後に行われた意見交換会「ぶっちゃけトーク」のコーナーでは、子どもと保護者に分かれ、それぞれから由比ガ浜中に求める学校像を聞いた。正面のスクリーンには海をイメージした青い背景に「みんなが思い描いたイメージが由比ガ浜中学校のあり方を生み出していく」という白い文字。少人数のグループで意見を出し合った。

由比ガ浜中は「目指す学びの場のイメージ」として「子どもが学校に合わせる」から「学校が子どもに合わせる」へ、「大人が提供する学びの場」から「自分たちでつくりあげていく学びの場」への転換を掲げている。行事や部活動も開校後に子どもたちと決めていくという。

坂本課長が説明する。「大人数の学校は子どもが学校に合わせざるを得ません。大半は合わせられる子たちですが、うまく合わせにくい子たちが不登校になっています。可能な限り、一人一人に合わせた教育課程と居場所をつくっていきたい。『ぶっちゃけトーク』は子どもの居場所を考える最初の機会です」

子どもたちからは、ソファ、3Dプリンター、自分のペースで過ごせる空間など「欲しい具体的なものやイメージ」が出された一方で、「仲間とともに学べる」「仲間との関わりで安心感を味わえる」といった、他者との関係に対する苦手さが目立った。

「個別最適な学びと協働的な学びに本気で取り組む」(坂本課長)中、トークのファシリテーター役も担った高橋教育長は、こう言い添えた。

「子どもたちは、自分が尊重された場で学びたいと思っていることが分かりました。それには報いないといけない。その先には仲間がいてよかったという場にしたい」

保護者のグループでは、自らの困難な状況を話すうちに感情が高ぶる場面もあったが、子どもが学校に通っていないことで「友達ができない」現状に対する心配などに加え、「不登校の親の経験談を聞きたい」「相談窓口が欲しい」といった要望が多く寄せられた。

保護者からのこうした意見について、高橋教育長は「福祉とも連携しながら、併せて家庭へのアプローチもしていかないと、不登校の本質的な問題解決にはなりません。学校を核にして保護者のコミュニティーもつくっていきたい」と話しており、由比ガ浜中の特徴の一つになりそうだ。

高橋教育長はその上で、今回の説明会を総括してこう語った。

「こうした場に来るのが苦手な子が多い中で、長時間話を聞いてもらい、その後は意見を出してもらいました。われわれにとってはヒントと学びのある機会だった。これからはそれぞれの子ども、保護者から個別の話を聞きながら、学習者中心の学びの場をつくっていく。今回はキックオフであり、共に学びをつくりあげるというメッセージを伝える所期の目的は達成できたと思います」(田幡秀之=内外教育編集部)

(2024年9月3日『内外教育』掲載文)

※内外教育に許可をいただきnoteに掲載しています