小説「十二時」 第三章「本」

最初に、ドライヤーの風のような熱い風を感じた。
その次に、体が汗で風呂上がりみたいにビシヨビショになっているのを感じた。
そして、自分がいつの間にか馬車の上で寝ていた事に気付いた。
顔を上げた。
その瞬間、視界が真っ暗になった。
そして真っ白になった。
立ち眩みだ。そう。それで前が見えないんだ。
ガラガラと音を立てながら、馬車は進む。
視界が戻ってきた。
目の前には、ひび割れた砂岩の地面と、砂色の細い草が所々に生えた荒野が広がっていた。
景色にあっけにとられていると、僕の右側から陽気な声が聞こえた。
「グッドモーニング!お目覚めかい?人間さん。」
僕の右側、すなわち馬車の前方に首を向けると、麦藁帽を被った猿が操縦席からこちらを見ていた。
「のどが渇いただろう?ここは暑いしな。ひとまず、コイツを飲みな。」
彼は木を彫って作られたひも付きの水筒を僕に投げ渡した。
確かに、僕はのどが痛い程のどがかわいている。
「僕はアープって者だ。よろしく、人間さん」
「ええと、僕は正悟って名前です。」
そして、彼は前方に向き直った。
僕は水筒の水を一気に飲んだ。
しかし、水筒の水は無くならなかった。小さいのに、何故だろう。
ふと左側を見ると、ぼくと同じくらいの伸長の鳥が座っていた。
その瞬間、牢屋にいた時の、格子戸から聞こえた声を思い出した。
「あら、おはよう正悟さん。まぁ、凄い汗ね。人間って毛が生え変わったりしないの?」
「ん?ああ、人間は毛は生え変わらないよ。その代わりに、服を着替えるんだ」
と、僕は答えた。
彼女の白銀色の毛の中に光る淡い空色の瞳は、好奇心でいっぱいに光っている。
しかし、何故だか分からないけど、表情が悲しんでいるように見える。
僕は、橋の上で爆発したバードスさんを思い出した。
確か彼女は、バードスさんのことをお父さんと呼んでいたな…
僕は思わず彼女の羽の先を握って言った。
「本当に…ごめん…僕のせいで君のお父さんが…」
「その話はしないで」
彼女は僕の手を振り払った。
数秒目をつぶった後、目を開いて言った。
「ごめんなさいね。あなたは悪くないのよ。お金に目がくらんで…密告なんてした私が
悪かったのよ…自業自得っていうモノよ。あなたを危険な目に合わせてしまって、本当にごめんなさい…」
僕は何も言えなかった。
「私はラー・バーデリーよ」
バーデリーさんが羽を差し出したので、それを握って握手(?)をした。
僕の前方には、見覚えのある姿があった。
「何故こんなことに…ブツブツ…」
あの宿屋のジルドさんが座っていた。
「人間さんよ。世の中は全く冷たいもんじゃな。
やっと妻子とゆっくりできる時間が来るはずなのに、どうだいこりゃ。
ちょっとそこまで送ってもらうはずがなんと大陸を横断してサバンナまで来ちまったとな。
甲羅が暑くてかなわんわい。水をこまめに体にかけんと、わしゃ干物になっちまうぞ。
渡る世間は鬼ばかりじゃな。全く、どうかしとるわい。このオッサンは…」
アープさんは話に割り込んだ。
「私はまだ8歳(後で聞いて分かったのだが、人間でいう32歳らしい)ですよ!おじーちゃんさんよ」
「誰がおじいちゃんだと!ワシは!ワシは、ワシは…」
「自分の年も忘れちまったのかい?おじーちゃんさんよ。」
「何を!」
アープさんはだんだん面倒臭くなってきたらしく、僕に話しかけた。
「そら、正悟さんよ。前を見てみな」
馬の頭の間に、大きな石造りの建物が見える。
「あれが砂漠の城塞都市、ライオネルさ」
「私も何度か行ったことあるのよ」
僕はバードリーさんの方に振り返った。
「え?何をしに行ったの?」
「私はお父さんと一緒に世界のあちこちを回ってね。商人なのよ。荷物はみんな宿屋において来ちゃったけどね…あそこは、こわーいライオンの王様が居ることで有名なのよ」
そんな話をしながら、馬車はライオネル城塞都市へ向かって行った。

「人間ってことがばれないよう、これを顔に巻いたほうが良い」
門から少し離れたところでアープさんは長い包帯みたいな黒い布切れを僕に渡した。
僕はその威勢のままどう巻けばいいのか考えた。
「ん?巻き方が分からないの?しょうがないなぁ。僕が巻くから、ちょっと貸して」
アープさんは器用に目を除く僕の顔をすべてぐるぐる巻きにした。
「きつくないか?」
「大丈夫です」
「よし、じゃあ行くぞ」
馬車は門の前まで進んだ。
門の前には、チーターが鎧をまとって長い槍を持って立っている。
「何の用だ?」
チーターは鋭い声で言った。
「はぁ、私たちは商人でありやして、あちこち馬車で走り回ってやんす
怪しいものではないんで、どうぞご容赦を」
と、アープさんが返した。
チーターは僕たちの方をちらっと見やった。
ゾッとするような、殺気立った目だ。
「武器・危険物は持っていないだろうな」
「へぇ、そんなモノは一切持っておりませんよ?何なら荷物の中を見てもらっても…」
「分かった。もういい。さっさとその汚い顔を引っ込めろ」
アープさんは話を止めた。
チーターはもう一度あの恐ろしい目つきでこちらをちらっと見た後、
「よろしい。入国を許可する」
と短く言って元居た場所に戻った。
アープさんは黙って馬車を進めた。
木を鉄で補強した大きな門を二回くぐり、僕達は町に入った。
町はあちこちに布をまとった動物たちが話し合ったり、買い物をしたり、走り回ったり、喧嘩をしている者も居た。
奥には大きな石造りの城が見える。
どうやら町は城を囲むようにできている様だ。
アープさんは、大きな道から少し外れた道にある馬小屋に馬車を止めた。
隣にとめられていた馬が喋りかけてきた。
「ちょっと~そこのターバンぐるぐるしちゃってる人~どしちゃったの~?
あなたどの種族なの~?見たことないのよ~」
「気にするな。さぁ、行こう」
アープさんは僕の襟を引っ張った。
「まずは何をするかゆっくり話さなくちゃぁならん」
正悟に話しかけた馬は正悟たちが乗ってきた馬に話しかけていた。
「ちょっと~あなたどこから来たの~?ここら辺の馬って感じしないし~
もしかしてトカゲの国で生まれちゃった感じ~?」
正悟たちが乗ってきた馬はこう答えた。
「ピピ…プログラム0110010110を起動中…はははははい。私はここで生まれました」

町はとても栄えていた。
小さなテントのような売店が大通りに沿って並んでいて、あちこちから動物たちの声がする。
果物屋や、八百屋、肉屋だとか、よろず屋、何かよくわからないものがたくさん置いてある店、サボテン屋もあるし、彫刻を売っている店もある。
どこもかしこも、たくさんの動物たちが集まって、やんややんやと声を上げていた。
図鑑で見たことしかないような動物ばかりだった。
縞模様のある細い脚で器用に二足歩行をするオカピや、背中に大きなこぶを持つラクダ、
大きなそりあがった角を持つ凄い筋肉の牛、美しいしましまのシマウマ。
僕の身長と同じくらいの長さの尻尾をもつ、腹の毛が白い猿。
「僕の研究所に行くんだ」
アープさんが肩越しに言った。
「僕はね…そう誰にでも見せられるような研究をやってないから…
ハハ、裏路地に入るよ」
アープさんは誰もが目にも留めないような狭い道を指さした。
なんだか、目の前にあるのにずっと見ていないと見失ってしまうような、本当に目立たない路地だ。
赤いレンガの壁に挟まれ、一列になって歩いた。
何回か右へ左へ曲がった後、突然目の前に現れたかのように、青い扉が見えた。
「ここだよ。入ってくれ」
アープさんは中に入った。
僕達もそれに続いた。

中は外見からは想像できないほど広い。
そこは丸い部屋で、中心には大きなガラスの柱が立っている。
ガラスの中では、白い円盤型の何かが上下に動いている。
「あら、綺麗な柱ね。これはなんのために動いてるの?」
「あぁ、この動いているモノには大して意味はないよ。
只のインテリアさ。センスいいだろ?」
「色んなものを見てきたけど、中身が動く柱なんて初めて見たわ…
ねぇ、凄いと思わない?」
バーデリーさんは僕の方を見た。
「ぁあ、そうだねぇ。」
正直、ゲームで見慣れていた。
僕はターバンを外した。息苦しさが消えた。
アープさんは車輪付きの大きな椅子に勢いよく座り込んだ。
ガラスの柱を囲むように、曲がったテーブルがいくつも並んでいる。
テーブルの上には書類や本や変な形の機械がたくさん置いてある。
奥には階段があり、テラスのようなものにつながっている。
「さて」
アープさんは大きな銀縁の丸眼鏡をかけた。
「君には話すことが…おおっと!爺さんそれには触るな!」
振り向くとジルドさんが掃除機のノズルみたいなのがくっついた箱型の機械から
手を引っ込めていた。
「一つ間違えればこの部屋はおろか、国ごと吹っ飛ぶぞ!」
バーデリーさんが口をおさえて瞳を大きく開いた。
「いや…ワシにはただの掃除機にしか見えんが…」
アープさんはその機械に駆け寄った。
「…ああ、そうだな、こりゃタダの掃除機だ。」
突然、その機械が爆音でしゃべりだした。
「シツレイな!ワタシはトースターだとナンカイイッタラワカルんデスカ!?」
「ああ、ああ、済まない。音量をマックスにしたまんまだったな」
アープさんはその機械の手前についているボタンを連打した。
「イツにナッタラワタシにパンをヤカセテクレルンデスか!?
ワタシはナンノタメに…あ!チョッと!デンゲンオトサナイデ下サイよ!
アナタホントウニ…」
音声はフェードアウトしていった。
「すまない。トースターに喋る機能を付けたら面白いんじゃないかと思ったんだが…
なかなか思い通りにはいかないものだ」
アープさんはトースターを見つめた。
「…さて、話を戻そう。まず君には、僕たちがなぜ存在しているのか。
を、話さないとな」
アープさんは戻って椅子に座った。
「その椅子に座るといい。長くなるからな」
僕達は机の下にある木製の椅子を引っ張り出して座った
「まず、原点から話そう。僕達はもともと人間だった」
「なんじゃと!?ワシもか!?」
アープさんは深くうなずいた。
ジルドさんは小さい声でブツブツ何かを言いだした。
「えぇ…どういうことなの?」
バーデリーさんが体ごと首を傾げた。
アープさんは話をつづけた。
「僕たちはかなり昔に…いや、そう昔でもないかもしれない。
もしかしたら数日前かもしれない。
それは分からない。だがはっきりしているのは…」
アープさんは席を立ち、ひと際大きい本の山の横にある試験管台の中から一本、
桜の塩漬けみたいな輝きを失ったピンク色の液体が入っているものを取り出した。
「ヘンゲウイルス…僕はそう呼んでいる。コイツがこの世界に散布した」
アープさんは席に戻り、僕の目の前にそれを突き出した。
「こいつはかなり悪質なウイルスだ。人間の体に感染すると、細胞の間にこいつらが
入り込んでいく。そして、細胞一つ一つの形状を変化させるんだ。
その時に放出されるエネルギーのみを食い物として、増殖していく。
コイツに、僕たちは感染したわけだ。」
アープさんは足を組んだ。
「私にはよく分からないわ。」
「要するに、バイキンが人間の体に入って、あら不思議!体が変な形になっちまった!
それが俺たち。」
「なるほどねぇ…」
「どうして動物の姿になるのか、どうして人によって姿かたちが違うのか…
僕にはわからないが、一つ分かっていることもある。
こいつらには、一度変化させた体を二度と変化させない特性があるんだ。
だから、僕たちを変化させた後、食い物がなくなり、こいつらは絶滅していったと
僕は考えている。
だが、ここで一つ疑問が浮かぶ。
何で人間の時の記憶を全く覚えていないのか?自分の変わり果てた姿に絶望し、混乱し、
現実を疑い自分の頭をお盆でぶっ叩く人が続出するはずだ。何故そうならなかった?
答えは簡単だ。君は本を読んだことがあるか?」
「あ、はい」
「そういうことだ。僕たちは今、本を読んでいると言ってもいい。
目の前に広がる今までとは全く違う世界、住人、ストーリー…
だんだんこれが本当の現実だったんじゃないのかと思い出す。
本を読んでいるだけだったら、この瞬間にお母さんにお風呂に入れと言われて
現実に戻る。
しかし、もしお風呂に入れと言われなかったら?誰も本を読むことを止めなかったら?
本を終わりまで読み続け、「完」の文字を見るまでその物語に生き続ける。
僕達は今、「完」を見ていないんだ。だから、自分がもともとこういう風に生きていたんだと思い続け、誰もが疑いを持たない。その方が幸せだからだ」
「私にはさっぱりよ…」
「要するに、変な形の体になったのに、何で人間の時の思い出が無いの!?
それは、僕達がもともとこういう姿だったと思い込んで、悩むことをやめたんだ。」
アープさんは天井を見上げた。
そして、僕を見た。
「君が何故ここに来たのか、知りたいだろう。教えてあげよう。
君は僕たちを夢から覚ますためにやってきたんだ。
タイムホールは僕が開けたんだ。」
………………
沈黙が流れた。こんなことになるなんて、考えもしなかった
もし普通の人なら、「おうちにかえりたい」と嘆くだろう。
でも、僕には帰る「おうち」なんて無い。
「分かりました…でも、僕は何をすれば…?」
「ヘンゲウイルスは、人間の姿を変えた。
ならば、僕達の姿も変えることができるはずだ。」
「え?でもヘンゲウイルス…って奴は、一度変化させたものは変化できないんじゃ?」
「ああ、それがだね…ヘンゲウイルスが突然変異したモノをあるカプセルに閉じ込めたものを、この国の王が持ってるんだ。」
「あのこわーいライオンの王様が?」
バーデリーさんが身を震わせた。
「そのウイルスには、どんな効果が?」
「ヘンゲウイルスと全く反対の能力を持っているのさ。
DNAの奥深くに刻まれた人間の設計図を掘り起こし、人間に変化させるんだ。
それを探し出さなければいけない。彼らはそのカプセルを何か神秘的なものと
勘違いしてあがめてるようだけどね…
まぁ、この無意味な争いを止めるには、やるしかないね。」
「無意味な争いって?」
「バードスさんが話していた…人間も、動物も、すべての生物が平和に生きていける世の中を作ると。」
バーデリーさんがうつむいた。
「この世界では、人間は伝説的存在になっている。人間は、いわゆる「神」のようなものだ。
その神は、この世界にやってくるといわれている。
その人間を歓迎するか、…あー…歓迎しないか、で、争いが起きた。
最初はただの言い争いみたいなものだった。だが、それに武器が伴うと、
事態はたちまち悪化していった。
バカみたいなものさ。戦争なんて。
最終的に、歓迎しない奴らが勝利したのさ。
バードスさんは…歓迎する派閥で、英雄ともいわれた一番親衛隊の隊長だったんだ。
敗戦したとき、彼はその場から逃げたといわれている…」
「そんなことないわ!」
バーデリーさんが勢いよく立ち上がり、涙が飛んできた。
「ああ、分かってるさ。」
「本当は、娘を守れと仲間たちに言われ、涙ながら逃げ出したんだがな…
彼はのちに戦場の恥さらし隊長とも言われた。彼は…自分の名誉とプライドを捨て、
娘さんを守る道を選んだんだ。
済まん。話がそれたな…とにかく、人間がやって来たとき、どうするかで争いがあったってことさ。」
バーデリーさんはゆっくり座った。
「…わかりました。やりましょう。でも、なぜ僕が?」
「あの世界の中で一番適任だったのが君さ。」
「ははぁ…」
ジルドさんの方を見ると、しわだらけのまぶたがぴったり閉じていた。
「ジルドさん!」
「ふがっ!?」
ジルドさんが座ったまま一メートルくらい垂直に飛んだ。
「ジルドさん!話聞いてました!?」
「…ああ、そうじゃった。ワシはもともと人間だったんじゃと!?」
「本当に!?信じられないわこの人!」
「やれやれ…爺さんにゃあ呆れたよ…さて、紹介したい奴がいるんだ。」
「紹介したい奴?」
「ついてきてくれ。」
アープさんは奥のテラスの方に言った。
「ここに立ってくれ。」
アープさんは床を指さした。
そこのところだけ、黄土色の金属でできている。
「なにをするんじゃ?」
ジルドさんが眉をひそめた。
「ちょっと静かにしててくれ…
合言葉プログラムNo.227を起動!」
右の壁と天井から金属か何かがきしむ音がした。
「クイズ!僕の好きな帽子は何だ~?シルクハット?キャップ?探検帽?
何を言ってるんだ。どんな帽子よりも趣味の良い、僕にぴったりの帽子がある。
皆さんご存じ、トルコ帽さ!ハハハッ!」
やる気のないブザーが鳴った。赤いランプ二回点滅し、僕達の目の前の床が開いた。
「ぴーぴー。おはようございます。
きょうもいいてんきですね。
かにざのうんせいはちゅうきちです。
きょうもいっしょにがんばりましょう。にゃん。」
「また語尾プログラムが故障したか…」
アープさんが後頭部をバリバリ掻いた。
床から上がってきたのは、白いショートヘアーでつぎはぎだらけの猫の形をした
ロボット。猫耳もついてる。
「彼女が、家事、戦闘、泥棒、悩みごとの相談から膝枕。星座の観測、ネットワークの接続。
絵画の下書きも手伝ってくれるし、揚げた魚とカスタードクリームセットも作ってくれる、
ミス・No.227だ!」
「ぴーぴー。ほめてくれてありがとう。
みんな、よろしくね。にゃん。」
バーデリーさんが眉間にものすごいにしわを寄せている。
ジルドさんは目を皿にしている。
「今回はこの子に手伝ってもらって、王様のヘンゲウイルスを奪取する。
さぁ、作戦会議だ。」


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