第2話「海の男 登場」

 さて、恵比寿様の瞳を借りて、三人の男が若きエージェントたちを見ていた。そのうちの一人、モニター室の中央の椅子に深く腰掛けている道化が口を開いた。
「この二人だね。」ニヤリと動く口許は、頬の半分まで裂けている一部のヒーラーファンにはお馴染みの形相。

「そうです。動画クリエイターという身分でこの島に来ているらしい…てか、おい!なんだよこいつら!楽しそうにやりやがって…くそ、ワタシなんて、ワタシなんて若い頃はなあ…」道化の後ろに立っていたピンクの白衣の男、アレックスが泣きじゃくりながら答えた。『ピンクの白衣』という矛盾した響きの中にこそ、賢さが光ると彼は考えていた。だが他の二人から見ても、今の彼の様相からは、賢さは微塵も感じられなかった。無いものをあると言い張り、手に入らなかったものを惜しむこと程、彼にとって辛いものはない。その点を素直に泣いて出せるのが、彼のせめてもの救いであった。

「動画クリエイターとなれば、君の計画を広める為にも、好都合だと思うよ?船長。」道化は、アレックスを完全に無視して、楽しそうに足をバタバタさせている。


「…いいだろう。まずは、こてだめしだ」
 その振り上げた左手は、ヒトのそれではなかった。冷たく硬く、敵を切り刻む、自然のハサミ。
「この『鋏客のタラバ』の名を、再び恐怖と共に轟かせて見せようではないか…カープカプカプカプ!!」
船長の笑い声が響く中、道化もニヤリと笑った。道化は、全てを見下ろす目で、モニターの奥の若きエージェントたちを眺めていた。

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「ありがとう~またね~」ユキコが恵比寿様に手を振った。
「記念撮影するだけで、どんだけ楽しんでるんだよ…」
「ええ~?いいじゃない!今回私たちは動画クリエイターで、この島に取材に来ている設定なんだから。状況を楽しみましょ。」
 確かにな…何か最近、ユキコの理屈に納得させられてしまうことが多い。いかん、このままではペースをユキコに握られてしまう…ここは先輩らしく…
「おい。そこの二人!」
 急に後ろから声を掛けられたのでビクッとした二人。海賊船の船長風な大男が近づいてきた。
「わあ!びっくりした。こんにちは!ひょっとしてその帽子。船長さんですか?」
 ユキコの対応力に感服するばかりのトラフである。
「いカニも…おっと、これはこれは麗しきご婦人!失礼致しました。おれ様の船にお乗りください!この島を案内します。カープカプカプ!」
「え・・・また船・・・」
「なんだ!若造!顔色悪いぞ!腹がへったのか?」
「い、いえ、大丈夫です。」トラフが後ずさりし始めるが、ユキコが万力のような力で腕を引っ張るので、逃走は不可能となった。
「すご~い!船長さんカッコいい~!一緒に写真撮ってもいいですか?」
「ご婦人の頼みとあれば。」船長は胸ポケットに刺してあったバラを咥えると、三人で肩を組んだ。トラフの肩に、船長の硬い左手が食い込む。
「…ちょ…この左手って…」
「はい!チーズ!!」
(記念写真の絵)
「さてさて、どうぞ我が船へ。まもなく出航ですぞ。部下のシオマネキ共に、お食事をご用意させます。」舷側に『タラバ観光』と書かれた、古風な小型帆船を船長が指した。
「まあ、素敵!船の上でお食事なんて!」ユキコはルンルンである。
「ちょ、ちょっと・・・待ってくれ。おれの話も聞いてくれ…」

「準備はいいな。」
 二人を船に押し込んだ船長は、下っ端の中でも髭だけは偉そうな男、つまり副船長と打ち合わせた。
「はい。手筈通りに。」
「ではシオマネキ共!出航~!」

 舷側に書いてあった文字は、張り紙に書かれていた。
 出航と同時に、シオマネキ(部下たち)が適当に張り付けたそれは、剥がれて海風に飛ばされていった。
 帆船に書かれていたのは、『タラバ海賊団』の文字。
 海賊船は、死地へ向けて出航した。

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