『Mission In Sevendays』番外編

「若きエージェントの休日 その①」

 一週間のうちで一番嫌いなのは、土曜日の朝だ。
 意識が眠りから引き戻された。昨日呑んだレッドラガーのせいか、頭の奥に何か重いものが引っ掛かって、其処から滲み出るヘドロが、目の奥へと流れ込み、瞼を閉じるたびに鈍い疲れが眼球に染み渡る。スマホを見ると、彼女との通話記録は、2時間32分16秒で切れていた。白い曇った光が、空色のカーテンの隙間から漏れている。どうやら話すうちに、寝落ちしたようだ。
もう一度目を閉じたが、洗濯機を回す音で寝付けなかった。そのうちに、ユキコが起こしついでに洗濯物が溜まっていないか巡回に来るだろう。僕はベットから滑り落ちるようにして、床に座り込んだ。こうすれば、少なくとも姿勢は起きている。
 この仕事をするようになってから、もう1年程経つ。しかし、一向にこの、休日を消化するというミッションをどうクリアしていけば良いのか、よく分からない。昔は休日だろうが祝日だろうが、職場に行けば同僚先輩がいて、おしゃべりしながら残業したり麻雀したり、飲みに行ったり自由自在だった。しかしとうとう政府主導の「働き方改革」の波が来たのが、丁度今年度。残業・休日出勤は社会悪、しようものなら上司のボーナスがみるみる削られるので、事件捜査はまだしも、事務所に残って記録や資料を作成している者はボスから10分おきに「帰れ帰れ」コールを浴びた。
 そういう訳で。エージェントにも「休日」という概念が生まれた訳なのだが、最初はこれが唯の空白でしかなかった。寧ろ体は鈍るし、何をすれば良いのか考えなくてはならないので心の負担だし。だからといってイライラを仕事や酒やタバコ、或いはもっと酷いものにぶつけて、壊れた人間は周りにうじゃうじゃいた。人間は文明を発達させて、脅威となるもの(危険生物、災害、病気etc.)を全力で駆逐したが、豊かになればなるほど、更なる悩みを見つけ出すことに躍起になった。全市民のブルジョワ化を目指したのが近現代の資本主義だと言ったのはフロムだったが、人間がぶつかった次なる最大の悩みは、機械化とAI導入で持て余した暇な時間を何に使うか、ということなのだろう。
 僕は慣れない酒と仕事に痛めつけられた身体を動かす為、無理やり立った。二倍になった重力の中、お気に入りの瑠璃色のスーツに身を包んだ。武器はやめておこうかと思ったが、袖の中に収まる小口径の銃だけは装着した。袖の中に仕舞い、瞬時に掌に握ることができるか、数回チェックした。
 ベテランの中には休日は武装を一切しない強者もいるが、無難に備えていた方が、落ち着く。実際、同僚のシロマンテスの話を一年間毎日聞かされれば、武装なしで街を歩くなんて、自分のこめかみに銃を当てて歩くのと同じようなものだと思えてくる。この派手好きな男は、仕事だろうが休日だろうが、見ているこっちが恥ずかしくなりそうな、トマトみたいに真っ赤なスーツに身を包み、古風で粋な(と本人が吹聴して回っている)コルトⅯ1851をモデルとした二挺の拳銃を脇に引っ提げて、大股に歩きながら見せつけているもんだから、常に彼が世話してやった悪人や雇われの殺し屋に狙われている。初めの頃、彼のやり方は上からも市民からも白い眼で見られていたが、度重なる襲撃にも関わらず就任後一年経っても、彼はかすり傷一つ負ったことがなく、犯罪者たちは返り討ちに遭った上に全員検挙されたので、今や街のヒーロー扱いだ。シロマンテスいわく、「勝敗はいつも、こちらのやり方を相手に押し付けた方が勝つ」そうだ。確かに、彼は常に面倒な仕事と役回りは誰彼構わず押し付けていたので、彼とパートナーを組んだ時には、僕は話下手にも関わらず情報収集やら報告書作成やら事務仕事ばかりやらされてイライラした。徒党を組んできた悪党との銃撃戦や、首魁との決闘なんていう華々しい場面は、みんなもっていきやがる。
 だが、一仕事終えて一緒に酒を呑みに行くと、やけに真剣なカオで、
「おれは大好きなこの街から犯罪を無くしたいんだ。誰もが肩を組んで酒を飲み、楽しい夜を過ごすことができるようにしたい。今日はまた一歩、その夜に近づいた気がするよ。お前のおかげだぜ。」とか言うもんだから、どうしても憎めなかった。                (次回へ続く…)
 
 

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