僕の中には殺伐お兄さんがいる。

「夢も希望もなくなった社会の歯車のみんな〜!こ〜んに〜ちは〜!殺伐お兄さんだよ!今日は僕と一緒に、嫌いな人間の殺し方を学んでいこうね〜!」

たまにそんな明るい声が聞こえてくることがある。実際にじゃない、気のせいだ。私の中にしか聞こえない。某幼児向け番組にでてくるかっこいいお兄さんよろしく優しい言葉遣いと残酷な単語の入りまじった20代後半の男性の声の主を、私は「殺伐お兄さん」と呼んでいる。本人がそう言ったからだ。

殺伐お兄さんは主に疲れた人の前に現れる。ブラック企業勤めのお姉さんが多いらしいけど、たまにお兄さんの前に現れることもある。

お兄さんはとってもいい声で、そりゃ好青年のするような声で話しかけてくる。「社会の歯車」だとか、少しムカつくような言葉を使いながら、本人はそんなこと何一つ気にしてないような底抜けに明るい声で呼びかけてくる。声を出す気力もなくて無視していると、「あれ〜元気がないぞ〜?」と催促されて挨拶をやり直しになる。

だけど別に悪いことばっかりじゃなくて、嫌いな上司だとか、むかついた奴だとかの殺し方を細かく教えてくれる。想像するだけでも楽しいのに、お兄さんがいちいち「こんなクソ野郎と一緒にお仕事して、〇〇ちゃん大変だったね〜!一緒に三枚おろしにしよっか!」と慰めてくれることもある。普通に口が悪い。でもさっきも言った通りかっこいい好青年の声なので聞いていて心地が良い。相変わらず底抜けに明るくて、どこか抑揚のない、そこだけが少し欠点である。慰めている感じがしないから。

お兄さんは嫌いな奴を一通り殺して、完璧すぎる死体処理までするとそのまま消えてしまう。実はその時殺した奴は本当に死んじゃあいない。お兄さんは殺し方を教えてくれるだけだ。実際に殺すのは自分でなきゃいけない。そこがお兄さんのお兄さん足り得るところなのかもしれない。確かにお兄さんの殺しは完璧だ。人気のない所におびきよせる方法から死体の埋め方、アリバイの作り方まで、まるで自分とその嫌いな奴を完璧に把握しているかのように殺し方を教えてくれる。それに教え方が上手い。こまめに褒めてくれる。間違えても「まだ練習だからね、大丈夫だよ。練習中の失敗なんて誰にでもあるんだから。今回学んで、本番で失敗しなきゃいいんだよ」と言ってくれる。ここまでくると、優しくしてくれる人殺しのお兄さんと精神的に自分を殺そうとする嫌な奴のどっちが残酷なのか分からない。(でも悪意が無いあたり、お兄さんの方が残酷なんだろうな)それでもお兄さんは最後に「それじゃあまたいつか!ばいば〜い!」と言って消えてしまう。

次にいつくるかは分からない。もしかしたら次なんて無いのかも。多分死ぬときには強烈なインパクトを誇るそんなお兄さんも記憶から追い出されてしまっていると思う。

そんなお兄さんが、僕の中に居たりする。

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