書籍の覚書#1:「統合医療の概念とモデル:トゥーレ・フォン・ユクスキュル(1908-2004)をめぐって」 オットマー・ライス著


画像2

「統合医療の概念とモデル:トゥーレ・フォン・ユクスキュル(1908-2004)をめぐって」, オットマー・ライス著  (Transcript Verlag, 2020)

Konzepte und Modelle Integrierter Medizin: Zur Aktualitaet Thure von Uexkuells (1908-2004) | Leiss, Ottmar

本書は、統合医療アカデミーの会員である医師のオットマー・ライスが心身医学者、トゥーレ・フォン・ユクスキュル(1908-2004)の理論的基盤を紐解きながら、統合医療の目指すべき方向性を示す。

トゥーレ・フォン・ユクスキュルは、なんと「環世界論」を提唱したヤーコプ・フォン・ユクスキュルの息子だ。彼は、父が探究した生物学のエッセンスを医学に注ぎ込む仕事を成そうとした。

画像1

(左: トゥーレ・フォン・ユクスキュル、右: ヤーコプ・フォン・ユクスキュル) (wikiより引用) 

ところで、トゥーレは父・ヤーコプの執筆した原稿を『自然の構成理論』(1984)としてまとめている。彼がわざわざ父の成果を編集して世の中に改めて送り出した意図は、未だ日を見ぬヤーコプのテキストの紹介と共に、環世界論の視座から医学を批判し、発展させることにあったようだ。

『自然の構成理論』の編集記の中で、トゥーレはこんなことを記していた。
今の医学は人間を機械的、物質的に扱い過ぎている。そうではなく、人間を環世界をもつ、固有の生活世界を生きる存在として総合かつ統合的に治療していかなければならない。心身医学者、ヤーコプ・フォン・トゥーレとしての切実な思いが『自然の構成理論』を編ませたのだ。

トゥーレは1974年、同志と共に心身医学の科学的専門家グループである「ドイツ心身医学会」(DKPM:Deutsche Kollegium für Psychosomatische Medizin)、1992年には「統合医療アカデミー」(die Akademie für Integrierte Medizin)を設立するなど、ドイツにおける心身医学、統合医療のパイオニアとして活躍した。

恥ずかしながら統合医療についてほとんど知らなかったので、国内の事情をインターネットで調べてみると、社団法人日本統合医療学会のHPで以下のように説明されていた。

 統合医療は医療の受け手である「人」を中心とした医療システムである。近代西洋医学に基づいた従来の医療の枠を超えて、「人」の生老病死に関わり、種々の相補(補完)・代替医療を加味し、生きていくために不可欠な「衣・食・住」を基盤として、さらには自然環境や経済社会をも包含する医療システムである。21世紀に入り、超高齢社会や大災害、がんなどの生活習慣病や難治性疾患の増加、分化や高度化に伴った医療費の増大により、医療保険の枠組では限界のある、従来の医療から統合医療が求められている。2011年の東日本大震災における統合医療の実績を踏まえて、2012-13年には厚生労働省で「統合医療の在り方に関する検討会」が開催され、2014年からは国民に統合医療の正しい情報を発信するデータベース(統合医療情報発信サイト)の事業が始まった。さらに、2016年には厚生労働省医政局に統合医療企画調整室が開設された。このように政府が動き出す中で、医療従事者や一般市民への統合医療への理解は急速に浮上してきた。
 統合医療の実施にあたり、統合医療には2つのモデルが考えられる。一つは患者を中心とした、医療従事者の多職種連携による集学的チーム体制で患者の疾病に対応しようとする「医療モデル」であり、もう一つは地域住民を中心とした、地域コミュニティの多世代連携による地域住民の生活の質(QOL)の向上を目的とした「社会モデル」である。

人にとって「よく生きること(well-being)」が何なのか、様々な領域で議論されるようになった現在、身体と心を分離して専門家で役割分担し、それらを噛み合わない形式としてバラバラに患者へ還元するアプローチには限界がある。人間を総合的、調和的な生き物として捉え、人間関係、さらには他種との関係も含めた大きな自然界の網目の中の存在として、治療方法を根本から見直さざるを得なくなっているのだろう。

身体と環境のあいだを心理が媒介し、人は環世界をかたちづくり、その世界に浸って生きていく。内的生活が空虚になれば、いくら健康診断をパスしようがその時点で個人の物語(環世界のトンネル)は行き詰まってしまう。それに応じて身体の生理現象のバランスが乱れ、本来備わっている生体恒常機構(ホメオスタシス)に異常をきたす。

既に個々のレベルで私たちが毎日のように感じているように、ホメオスタシスは決して物質的に還元できる範囲だけでは制御できないのだ。

「統合医療の概念とモデル:トゥーレ・フォン・ユクスキュル(1908-2004)をめぐって」(オットマー・ライス)は、日本の医療にとってもきっと意義のある資料ではないだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?