ファーストマンが、月面で囁いた謎の言葉。
アポロ計画史上最も取るに足りない、しかしながら魅惑に満ちた謎がある。『現代ビジネス』に映画『ファースト・マン』の紹介記事を書く過程で知り得た、この「謎」についても、ついでに書き残しておこうと思う。映画からは端折られてたし、何よりそれがあまりに心に残ってしまったので。
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映画「ファースト・マン」が描く、アポロ11号の真実の姿(森本泰平)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59759?fbclid=IwAR3oTufMa6wUK60Vt0-5E8m_ce_D_2d-P9VuLh6wZLPxUf5BnNLfZhlT1jE
アームストロングとアポロ11号については、映画「ファースト・マン」を鑑賞しつつ、上記の僕の記事に目を通して頂けると、基本的な理解は整うと思うのだけど(押しつけがましくてすみません)、映画観てなくても記事読んでなくてもついてこられるように、まずこの映画の中で取り扱われている「謎」の話を簡単におさらいしておきたい。大丈夫、できるだけネタバレ避けるから。
ていうか、謎?謎ってあるの?
アポロ11号は実は月行ってなかった、とかそういうこと?
そういうことではないんです。ちなみに、あれは完全に「行って」ます。
一番のエビデンスはソビエト。宇宙開発のライバル国の。
彼らはアポロ11号をレーダーで捕捉し続けていたし、11号の打ち上げの3日前にソビエトがアメリカを出し抜くべく飛ばした無人着陸機ルナ15号を、アメリカは捕捉し続けていた。(ルナ15号は、アポロ11号月面着陸の翌日に月面墜落)
そこは、相互に監視しあってた濃密でウザい間柄。ライバルの存在が、一番のエビデンスにもなってしまってるという。皮肉ではあるけど、アメリカが本当に月まで行ってしまったことは、唯一張り合うレベルの技術開発をしていたソビエトが、一番よく知っている。モーツァルトの才能を、サリエリが一番よく理解していたように。
ということで、この映画が取り扱ってるのは、上記の捏造説なんかではない、ある「謎」。
それは、ニール・アームストロングが、月面に持ち込んだものがなんだったか、って話だ。
アポロ11号に乗り込んでた他の2人の宇宙飛行士(コリンズとオルドリン)は、地球に帰還後、普通に個人携行物(PPKっていいます)が何だったのか、ペロっと答えてるんだけど、アームストロングだけ、答えてない。
アームストロングは、何、月面に持っていったの?
で、なんで、それを言わないの?
映画「ファースト・マン」は、たぶん、そこを起点(もしくは終点)に設計されている。
このポイントに向かって、アポロ11号のドキュメントと、アームストロングの私小説が、疾走して、結合する。この映画は、そんな、ちょっと、離れ業めいた構成をしていて。
デイミアン・チャゼルって人は、いつも「ミッションを掲げて、映画の中で実験したい人」なんですね。『セッション』と『ラ・ラ・ランド』では、グッドとバッドの2つのエンドを曲に乗せてミクスチャーしてしまって、どちらとも言えない複雑を投げつけてみる、という試みに挑んでいたし。
試写会でこの映画を鑑賞したあと、原作と、アームストロングやらアポロ11号に関する本を、記事執筆のため半分、興味持っちゃったため半分で、読み漁った。そして、この映画が取り扱った謎以外に、もういっこ、興味深い「謎」が存在するのを、見つけてしまった。
それを、ここで紹介しますね。(こっからが本題ですよ。ちなみに本稿は有料じゃないのでご安心を)
1969年7月21日、アームストロングは月に着陸する。そして、人類史上最初に月面を踏む人間となる。〈ファーストマン〉の誕生だ。
月面に着陸後の宇宙飛行士は、忙しい。
NASAから、分刻みのEVA(船外活動)のスケジュール(岩くだけーとか砂ひろてこいーとかぴょんぴょん飛べーとか国旗たてろーとか、そんなんもろもろ)を、課せられているからだ。
アームストロングは、相棒オルドリンと共にテキパキとそれをやっつける。
ちなみに、この時、アームストロングは予定通りマメに写真を撮るが、オルドリンはあまり写真を撮らなかった。そのため、現在に残るアポロ11号EVA時の写真のほとんどは、アームストロングが撮ったオルドリンの姿だ。その逆は5枚しか存在しない。アームストロングを正面から捉えた写真となると、オルドリンのバイザーに反射したこの姿しかないという。
地球帰還後、アームストロングの写真を撮らなかったのは意図的であったかどうかで、オルドリンはちょっとした批判を受けることになる。
少し話が逸れた。
写真の話は、これから書く謎には関係がなかった。
とにもかくにも、2時間ほどの月面での活動を終えて、着陸機に戻るべく、アームストロングはハシゴに手をかけた。
その時に、彼は、こうつぶやく。
「がんばれよ、Mr.ゴルスキー」と。
NASAのMSC(ミッション管制センター)の職員たちは、着陸機に無事に彼が戻れるかどうかを、緊張しながら注視していたため、そのつぶやきに答えることで、彼の注意力を削ぐことを恐れ、特に受け答えはしなかった。
その場(MSC)に詰めていた記者たちは、誰かわからないけど、自分たちの知らないロシア人宇宙飛行士のことでも言ってるんだろうな、と想像し、メモだけとっておいた。
地球に帰還後、アームストロングは、このつぶやきに関して質問攻めにあう。
「いやいや、月面着陸おつかれやでー。人類初の偉業おめでとやでー。で、ゴルスキーって、誰なん?」と。
彼は、いつも笑ってこの質問への答えをはぐらかした。そして、あまりにしつこく聞かれたためか、これに答えることを、やめた。カーズかよ、と。あ、カーズは考えるのをやめたんだっけか。
そうして、「ゴルスキー」とは誰なのかは、宇宙の闇に消えた。 カーズと同じように。
©︎『ジョジョの奇妙な冒険』から
時は経って、1995年に。
この年、65才になったアームストロングは、フロリダ州タンパで、講演の壇上にいた。オーディエンスの中にいたある記者が、質問をする。
「で、ゴルスキーって誰なん?」と。超久々に。
このカウンターが彼の記憶をノックする。
あるいは、彼の心のATフィールドを、突き崩す。
ヤシマ作戦で、ラミエルのコアを撃ち抜いた碇シンジさながらの、ミラクルショット。
どうやら、ものごとはタイミングが一番大事だ、ってのは本当らしい。この質問に関して、彼から答えを得るためのタイミングには、実に26年もの時間の経過を必要としたのだ。
あの謎のつぶやきから四半世紀ほど過ぎて、アームストロングは、ついに、この質問に答える。
子どもの頃に、裏庭で友達と野球をしていた時にまで、彼の話はさかのぼる。
隣の家の庭に飛んでいくボール。それを追って隣家敷地内に入るアームストロング少年。
すると、隣家からささやき声が聞こえてくる......。その場で棒立ちになり、聞き耳を立ててしまう彼。
隣家の夫婦は、寝室でこんな会話を交わしていた。
「ねぇ、口でしてくれないか?」
「いいわ、隣の子が"月面を歩いたら"ね。」
こんな局面でもジョークで拒否る、アメリカ人のウィットネスに感心してしまうんだけど、本稿のポイントはそこではない。
その隣人の名前が、ゴルスキーであったことを、
その時に囁かれたアメリカンジョークを自分が引き取ってアメリカンドリームとして叶えてしまったことを、
アームストロングは、着陸機に戻る刹那に、フラッシュバックしてしまった。地球から38万キロ離れた、月面の上で。
少年時代に立った隣家の裏庭と、青年期に立った月面と、老年で立ったフロリダが、この瞬間に、時間を超越して、繋がってしまう。
まるで、この3つのポイントが、彼が人生をかけて到達したポイントの全てだと、言わんばかりに。
60年代に、月面にいく人間の技術力もすごいけど、人間の頭の中が、そもそも、すごい。一体どんな構造になってるんだよ。
このアームストロングの話に裏取りはない。彼はジョークで、場を沸かすためのリップサービスとして、言っただけなのかもしれない。工学博士で、無口で気難しいと言われたアームストロングなんだけど、近しい人に言わせると「あいつの冗談はいつも面白かった」んだそうな。
あと、コメディアンのバディ・ハケットという男がこの話の流布に一役買っている。彼はいつも"つかみ"にこのネタをかましていたらしい。そもそも、すべてが彼の創作だ、と見る向きもある。
真相は、もう、分からない。ニール・アームストロングも海に散骨されてしまったし。
これが、アームストロングが残したもうひとつの謎、だ。
映画『ファースト・マン』はシリアスな話なので、この謎は当然端折ってるし、僕が記事を書かせて頂いた『現代ビシネス』も、ビジネスパーソン向けのかっちりとしたメディアなので、記事の中でこの話はデリートした。ということで、ここで、成仏させることに。ここまでおつきあい頂いたみなさん、ありがとう。
成仏ついでに、最後に、この曲を貼って終わろうと思う。アームストロングが死んだ後、追悼式で、ダイアナ・クラールによって彼に捧げられた曲だ。
フロリダの記者の、ヤシマ作戦ばりのミラクルショットに敬意を評して、"エヴァンゲリオンヴァージョン"で。
https://www.youtube.com/watch?v=P91pvMdoZ80
「アメリカ人の下ネタ聞かされた時、どうすればいいの?」
「笑えばいいと思うよ」
©ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序より
※アームストロングの個人携行物についての注釈。伝記を読むと、取材の過程で一部だけ口頭で漏らしてたりはするんだけど、全部は話してないしNASAにも提出した持ち込みリストの控えがあるはずなのに、伝記でもそれは明らかにはしてくれなかった。
※NASA保有の画像は広告物への使用以外の、個人のサイト、著作、への引用は、ノンクレジットで認められているので、そこから多くを借りました。
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