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MajiでYameちゃう5秒前?

私が踏み出そうとする一歩が、強い反作用の力で押し返される。
私の一歩が、それより少しだけ強い力で押し返し、なんとか歩を進め、やっと会社にたどり着く。

職場で、隣の席に座る上司は、ヘビースモーカーだ。
1日に数回、煙草を吸いに外に出る。

私は元来、煙草の匂いには無頓着だ。
好きな匂いではないけれど、特別嫌悪感を感じる事もない。

その日も、上司が一服タイムを終えて、席に戻って来た。

「うっ…」

思わず、マスクの上から鼻を押さえた。

おかしい。普段はそんなことないのに。

匂いに耐えながら、2年ほど前、まだ実家で暮らしていた頃の事を思い出した。




母は、昔からイビキが酷い。父や弟は、母のイビキによって睡眠が妨げられるようで、母と同じ部屋に寝ようとしなかった。

私は、母のイビキがうるさいと思わない訳ではなかったけれど、それによって自分が眠れなくなる程の事はなく、母の近くに寝るのは、いつも私の役割だった。

ところがある時から、母のイビキが耳に障るようになり、私の睡眠も妨げられた。
それから1〜2ヶ月後、私は実家を出て1人暮らしを始めた。
職場が変わった訳でもないのに、突然に。

環境に自分が適応出来なくなっている事を、身体がこうして察知するのだろうか。


しばらく鼻を押さえて、タバコの匂いには慣れてきたけど、その日の仕事の状況は散々だった。

自慢じゃないが、私は真面目で慎重派なので、仕事上のうっかりミスやケアレスミスが少ない方だし、あったとしても、最小限に抑えられる段階で気が付く。

けれどその日は、ミスにミスが重なり、先方から指摘が入るまで気が付かなかった。
幸い、上司に報告して、指導を受けないといけない規模の話ではなかったけれど、それにしても私にとっては珍しいことだった。

思い返すと、ここ最近、ちょっとしたミスが増えたように感じる。
仕事を進めるペースも遅い。

マウスに手を置いた途端に、ボールペンを手にした途端に、フリーズして、そのまま時が経つ。

春にはあれだけ毎日頑張って作っていたお弁当も、最近は外でのランチの頻度が増えた。

ネット情報の嗅覚を頼りに、職場近辺のお店を開拓する。

有機野菜で作るイタリアン、無添加のラーメン、手作りポルトガルのお菓子。

イタリアンのお店には何度も通い、「いつもありがとうございます」と言われた。

ラーメン屋さんで、お会計の後、店の外で改めてメニューを見ていたら、「お味どうでしたか?」と声をかけてくれた。

今日初めて訪れたポルトガルのお菓子のお店では、店員さんが、マスク越しにも伝わるぐらいの、明るい笑顔で出迎えてくれた。

古いオフィスだらけの街だけれど、そんなに悪い所じゃない気がする。

だけど、毎朝の私の足取りは思い。一歩一歩、押し返される反作用の力に精一杯抵抗しながら、職場へ向かう。

「もう無理なんじゃない?ここで限界じゃない?」

私が私に問いかける。

身体からの声に、私の顕在意識は、気付かぬ振りを続ける。今はまだ、あともう少し。


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