禁じられた遊びを聴きながら思い出す、夕方のこと。
3月の、まだ鋭い風を浴びながら自転車を漕ぐ。
なだらかな上り坂に、少し息が上がる。
向かい側から、下校中の小学生数人とすれ違う。
道草しながら下校している彼等を横目に見ながら左に曲がり、横断歩道で信号待ちをする。
向かい側の一軒家に、中国語教室の大きな看板が見える。
広告場所として貸しているのだろうか。
それとも、あの大きなお宅で教室を開いているのだろうか。
検索してみたくなって、その教室名を脳に刻み、通り過ぎる。
後ろから、ジョギングをしている足音が近づく。
マウンテンバイクなのに、いつもママチャリに追い越される。
今日はギアを1に回したのに、それでもジョギングしているピンクのジャージの女性に、追い越されそうになる。
もう一踏ん張り。
住宅展示場が見えて来たら、目的地のスーパーはもう少しだ。
私がこの地域に引越して来た時から、スーパーの隣のチェーンイタリアンレストランは、ずっと閉店したままだ。
どうでもいい、なんてことはない。
高校生時代、このレストランに2度足を運んだ事がある。
一度は確か、私の誕生日だった。
何故だか、昔から自分の誕生日を人にベラベラと話す事が出来ず、結局誕生日である事を最後まで黙っていた。
目的地のスーパーは、何故かいつも、入り口が暗い。
入ったら大抵左手に、タイ産の無農薬バナナに置いてある。
バナナは南米産かタイ産に限る。
ベチョベチョしていなくて、身がしっかりしているのが良いのだ。
今日は2本入りを2つ、籠に入れた。
地下街の100均に毛が生えた程度の大きさの店内を、出来るだけ取りこぼさないように見回りながら、店内をうろつく。
和歌山県産の無農薬の柑橘を2種類、籠に入れる。
ここに来る理由は大体、果物を買う為だ。
でも今日はバナナと柑橘で終わり。
林檎を買うのは、今日はやめにした。
「今日は」と言うか、林檎を買うのは5回に1回くらいだ。
どうも昔から、東日本の食材に手が伸びない。
寒さがこちらまで届く気がするのだろうか。
おまけに3個パック売りが多いから、益々買う機会が減っている。
甘い物を買おうか買うまいか、買うとしたらどれにしようか、考えながら、同じ売り場を行ったり来たりする。
こういう時は大抵、甘い物は我慢しようという決意を、長居に対する申し訳なさで言い訳して掻き消す。
手作りの焼き菓子を少しと、フェアトレードのメーカーのチョコレートを2枚。
無事、甘い物を今日はどれだけ買うかの問題に決着をつけ、少なくなって来た事を思い出した洗濯洗剤を求めて進む。
いつも買っている地元のメーカーの物を、籠に入れる。少し埃が被っている。
でも気にしない。
最後に、今日は生野菜を買うか問題についてレタスの前で悩み、結局買わずにレジに向かう。
相変わらずpay payなんか使えないけれど、埃を被った洗濯洗剤の容器を拭いてくれた。
今日は忘れずに持って来たエコバッグに食品を入れ、洗剤類はリュックに入れて、店内を出る。狭い店内だから、出る時も必ず、「ありがとうございました。」が聞こえる。
マウンテンバイクにわざわざ付けた籠にエコバッグを入れ、自転車に跨る。
やっぱりベビーリーフを買えばよかったと後悔する。
今日の風の具合だと、もう一度店には行きたくない。
急にレタスが食べたくて食べたくてどうしようもなくなったらどうしようかと、考える。
大体そんな日は来ない。
帰りは坂を下りながら、心の中で「トイレットペーパー」と復唱する。
家にはもう、スペアが無かった。
帰って来てから洗濯物を取り込み、夕食に出かけた。
あわよくば、トイレットペーパーの事を覚えていたらコンビニで買って帰ろうと思っていたけれど、案の定忘れていた。
今夜は、「禁じられた遊び」を聴きたくなった夜だった。
内側から内側から、取り留めもない言葉が湧き出て、私の頭の周りに膜を作る。
今日あった出来事を、頭の中にイメージしながら、湧き出た言葉を当て嵌めていく。
膜が薄くなって来た時、もう1つ復唱すべき事を思い出した。
「明日は母に、人参をあげる。」
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