Bluesky のモデレーションに抗議する前に知ってほしい、ソフトウェアエンジニアへ要求される倫理のこと

先日、Bluesky のアカウント登録が一般公開され、招待コードが無くともアカウント登録が可能となりました。

その流れで私もアカウントを取得したのですが、同時に、登録してまなしに BAN されたり、初手で『有害なアカウント』と言うフラグ立てられたらしい、と言う話も見聞きしています。

このうち『有害なアカウント』と認定する基準については、ソフトウェアエンジニアにとって一般的な倫理観に基づいたもの、と言う認識ですので、私は特に疑問を持ちません。

ただこの事について、『ソフトウェアエンジニアの一般的な倫理観』について知らない方だと、何故問題だと見なされているか、について疑義を持つ方も居るかと思います。

そのため、今回はソフトウェアエンジニアの一般的な倫理規制、特にその源流となっている開発者コミュニティ内での行動規範について解説したいと思います。

※ なおこれは余談ですが、個人の印象としてBluesky の方向性を見る限り、Bluesky が倫理規範をより厳格にする事があったとしても、その逆はないだろう、と感じています。

また Bluesky にある種の『自由』を求めたとしても結果が得られるとは考えにくく、この場合、他の連合系 SNS インスタンスを探すか、もしくは nostr を試してみる方が賢明だと思います。


IT系コミュニティにおける『行動規範』の立ち位置

最初に、ソフトウェアエンジニアコミュニティにおける『行動規範』や『倫理観』が、どのような流れで定められているかについて解説します。

※ なおここで言うソフトウェアエンジニアコミュニティとは、公開コミュニティによる共同開発や、カンファレンスなどの交流会を指しています。

まず、エンジニアコミュニティと言う文脈での『行動規範(Code of Conduct)』とは、ある開発者コミュニティ(A)へ参加の前提条件となる、コミュニティ内での振る舞いに関する規則です。

これは例えば、あるコミュニティ(A)に参加し活動するためには、特定の差別的言論やハラスメントを行わないことを誓約する、という形で実施されています。

またコミュニティ主体による行動規範の制定は、コミュニティ内で開発とは無関係なハラスメント行為を抑止し、ハラスメントのない組織運営を目的として行なわれています。

そのため仮に行動規範に反する行為があった場合、コミュニティ主体は違反者に対して、警告や一時的な参加の禁止、あるいは完全な出禁、と言った対応を取ることが一般的です。

この事から、開発者コミュニティへ参加する開発者にとって、『行動規範』の遵守は日常的な行動であり、この事が次で解説する『倫理規範』や『倫理観』の内面化に繋がった、と個人的に考えています。

開発者へ求められる『倫理観』とは何か

次に行動規範が要求する『倫理規範』について述べますが、実のところ行動規範による理念には開発者コミュニティによって微妙な差異があるため、統合された一つの価値観が有るわけではありません。

しかしどの様な行動規範・理念においても一定の共通性があり、一例として行動規範として広く普及している Contributor Covenant での規範を元に、行動規範の倫理観・理念を解説したいと思います:

上記の Contributor Covenant では、次のような形で、その理念・倫理観を規定しています:

私たちの約束

メンバー、コントリビューター、およびリーダーとして、年齢、体の大きさ、目に見えるまたは目に見えない障害、民族性、性的特徴、性同一性とジェンダー表現、経験のレベル、教育、社会経済的地位、国籍、人格、人種、カースト、肌の色、宗教、または性的同一性と性的指向に関係なく、コミュニティへの参加をハラスメントのない体験にすることを誓います。

私たちは、オープンで親しみやすく、多様で包括的で健全なコミュニティに貢献する方法で行動し、交流することを誓います。

私たちの標準

前向きな環境を作り上げることに貢献する行動の例:

・他人への共感と優しさを示す
・異なる意見、視点、経験を尊重する
・建設的なフィードバックを与え、礼儀正しく受け入れる
・私たちの過ちの影響を受けた人々に責任を受け入れ、謝罪し、そしてその経験から学ぶ
個人としてだけでなく、コミュニティ全体にとっても最善であることに焦点を当てる


許容できない行動の例は次のとおりです:

・性的な言葉や画像の使用、および性的な注意またはその他あらゆる種類の問題行為
トローリング、侮辱的または中傷的なコメント、個人的または政治的攻撃
・公的またはプライベートの嫌がらせ
・明示的な許可なしに、住所や電子メールアドレスなど、他者の個人情報を公開する
・職業上不適切と合理的に考えられるその他の行為
(以下略)
※ 強調は筆者による

Contributor Covenant: コントリビューター行動規範

この倫理規定は Contributor Covenant のものではありますが、大抵の行動規範ではこれと類似する規定が成されており、どの行動規範であっても、本質的な理念の部分は共通している事が多いです。

また、この中で特に重要なことは、下記で太字で示した、

メンバー、コントリビューター、およびリーダーとして、年齢、体の大きさ、目に見えるまたは目に見えない障害、民族性、性的特徴、性同一性とジェンダー表現、経験のレベル、教育、社会経済的地位、国籍、人格、人種、カースト、肌の色、宗教、または性的同一性と性的指向に関係なく、コミュニティへの参加をハラスメントのない体験にすることを誓います。
(中略)
許容できない行動の例は次のとおりです:

・性的な言葉や画像の使用、および性的な注意またはその他あらゆる種類の問題行為
トローリング、侮辱的または中傷的なコメント、個人的または政治的攻撃
(以下略)

と言う部分で、上記の理念から特定の属性に基づく侮辱的・中傷的な言動一切許容されず、それゆえトランスフォビアや障害者差別、ジェンダーに基づく侮辱的扱いなどは排除されると見て良いでしょう。

さらに昨今ではこれらの言動を取る開発者は追放・忌避される傾向にありますし、事実、一部の開発者がトランスフォビアだったと言う理由でプロジェクトが分派した流れもあったようです。

※ 私の知る限り、Pleroma と言うソフトウェアが Akkoma という形で分派した例がこれに当たます。

なおここでの理念はどのような開発者コミュニティにおいても要求されるため、ソフトウェアエンジニアがこれを内面化し、この理念を起点として物事を捉えていても別に不思議ではありません。

そのためオープンな開発コミュニティを持つソフトウェア開発者の価値観として、他者に属性に対する侮辱的・中傷的な物言いは排除され、コミュニティの場ではこう言った価値観の元に運営が成されています。

Bluesky の『倫理観』について推察されること

ここで Bluesky へ話を戻すと、Bluesky は設定項目など見る限り『ハラスメント』の無い環境を目指してして作られており、コンテンツモデレーションにも力を入れている様に見受けられます。

また推察となりますが、 今の Bluesky の運用は恐らくエンジニアリングを中心としたチームであると考えられ、開発者が中心にある以上、上記の内面化された理念・倫理観の影響は大きいように思います。

このことから Bluesky での倫理観や政治的な要素が絡む倫理の価値判断については、開発者間で定められている『行動規範』やそれによって定義される『倫理観・理念』が反映されている、と考えても良いでしょう。

そのため Bluesky のコンテンツモデレーションでは上述した価値観を前提としており、そこから派生してトランスフォビアなどに基づく発言が排除の対象となっている、と言う整理が出来るかと思います。

Bluesky に『発言の自由』は存在するか

ここまでの流れで、Bluesky のモデレーションに強く影響を与えていると思われる、開発者コミュニティにおける『行動規範』や『倫理規定』などの価値観を解説してきました。

また前節で述べたように、Bluesky のモデレーションは開発者コミュニティにおける思想・理念が前提にあると感じられ、この事が開発者ではない一般の方々の中で違和感や疑義を持つ起因となっている、と私は感じています。

そして冒頭の余談にも書きましたが、Bluesky が理念として『ハランスメント』のないSNSを目指していると推察できる以上、上記の価値判断に基づくモデレーションが強化されたとしても、その逆は無いと考えられます。

故に特定の属性に対する侮辱的・中傷的な発言を行うアカウントが排除される流れは続くでしょうし、そう言う方々にとって Bluesky が居心地の良いコミュニティなるとは考えにくいです。

そのためこの文脈において『特定の言論』への『自由』は Bluesky 上に存在せず、これを『自由無き優しい牢獄』と見なすか、もしくは『秩序ある守られた城壁』と見なすかは人それぞれだと思います。

ただし一点気をつけるべきことは、Bluesky の価値観へソフトウェアエンジニアの倫理が強く影響しているとは言っても、それが『正しい』価値観であるか否かはまた別の話であると言うことです。

これは私の理念・哲学に由来する考えですが、この世に客観的な『正義』は存在しない以上、ソフトウェアエンジニアの倫理観による『正しさ』は、あくまで彼らにとっての『正しさ』でしかありません。

よってこれに賛同するか否かについては人それぞれだと思いますし、もし仮に Bluesky の在り方について賛同できないのであれば、Bluesky 以外の連合系SNSや、真に『自由』な nostr を試した方が良いと思います。

おまけ

もし Blueksy が窮屈であると感じたり、Bluesky 以外の移住先を見付けたいという方に向けて、参考になりそうなリンクを掲載しておきます。

※ ただし下記に掲載した Mastodon や Misskey を始めとする連合系 SNS や独特の仕組みを持つ nostr についての詳細はこの場での説明を省きます。なぜならこれの解説には記事一本が必要だからです。

とは言え、これらの分散系SNSにも特色があるので、もし興味を持たれたのであれば一度調べてみるのも良いかと思います:

※ 注意:なお上記3つのリンクの内、はじめてのNostrに関しては有志がまとめたもので、公式のものではありません。

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