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解明されたディアトロフ峠事件/【感想】『死に山』 ドニー・アイカー

一九五九年、冷戦下のソ連・ウラル山脈で起きた遭難事故。登山チーム九名はテントから一キロ半ほども離れた場所で、この世のものとは思えない凄惨な死に様で発見された。氷点下の中で衣服をろくに着けておらず、全員が靴を履いていない。三人は頭蓋骨折などの重傷、女性メンバーの一人は舌を喪失。遺体の着衣からは異常な濃度の放射線が検出された。最終報告書は「未知の不可抗力によって死亡」と語るのみ―。地元住民に「死に山」と名づけられ、事件から五〇年を経てもなおインターネットを席巻、われわれを翻弄しつづけるこの事件に、アメリカ人ドキュメンタリー映画作家が挑む。彼が到達した驚くべき結末とは…!

オカルト扱いされてきた謎をこれほどまで痛快に解き明かした本があっただろうか。

1959年のソ連という鉄のカーテンの中ではお互いをコムラン(同志)コムランと呼びあい、KGBや政治将校が目を光らせ、中央委員会に告げ口をしようとする全体主義的な風景があると思ったら大間違いである。スターリンの死後の「雪解け」と共に将来に光が射し始めた母なる大地の次代を担う工学系エリートの若者9人がそれは楽しそうにウラル山脈へ冬のトレッキングに向かい、キャンプ地で全員が怪死。
リーダーの名前からディアトロフ峠事件と呼ばれた、有名な怪事件である。

この事件はオカルト界隈ではソ連の秘密実験説、UFO説などで取り上げられていて、「未解決事件」というラベルがソ連というブランドに貼られた最強のケースファイルだった。

❝だった❞としたのは、事件の謎がこの本によって過去となったことを意味する。

1959年という時代からの時の経過は事件の解決を難しくさせると思いがちではあるが、実はそうではないという発見。そして現代の知見が長年の謎を解き明かす快感。

「不思議なことなどなにもないのだよ。関口くん」(by京極堂)とどこからか聴こえてきそうなほど痛快なのだ。

本題以外でも、ことさら事件を大事にしたくない地方当局や軍関係者(たぶん面倒臭いんだろう)の対応や、途中で引き返した唯一の生き残りが「お金に困らなかったスターリン時代は良かったなぁ」と言って通訳が眉をひそめるほどソ連共産党に忠誠を誓ってたなどエリートの心象風景も垣間見え、ソ連世代のお話が随所に差し込まれ興味深く読ませる。

本書を読了後に松閣オルタ『オカルト・クロニクル』(洋泉社)のディアトロフ峠事件について目を通すと参考資料に『死に山』が載っているではないか(『Dead Mountain:The Untold True Story of the Dyatlov Pass Incident』Donnie Eichar)。
 『死に山』での結論を『オカルト・クロニクル』では「〇〇の説もある」くらいで軽く片付けてしまっていた。
この本はこれはこれで面白い本なのではあるが、人は信じたいものを信じて、そして真相の可能性に無意識に蓋をして謎のままにしておこうしてしまうものなのだなぁと改めて思う。

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死に山 
世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相
ドニー・アイカー/著 安原和見/訳
河出書房新社
2,585円 ISBN:978-4-309-20744-5

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