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人間を人間たらしめるものとは/【感想】『極北』マーセル・セロー

踏みしめられた雪を掘っていくと、初めは固く凍った雪のために掘り進むのに難儀するが、徐々に柔らかい雪へと変わっていく。
本書を読み進めるうちにそんな感覚を思い起こした。

舞台はシベリア大陸。アメリカからの移民である主人公がただ独り生活しているところから始まる。
物語は主人公に予想だにしない展開をもたらし、主人公を取り巻く世界の全容が徐々に明らかになっていくことが、それこそ雪を掘るかのように加速度的に物語を掘り進めていく。

 我々は地図を理解するとき、「北」を基準に現在地や目的地を把握する。
ではその「北」に自らが立ったとき、一体なにを指標とすればいいのだろうか。
「極北」とはまさに自らの居場所と、行き先を見失う場所なのである。
そして本書は、生きていく上での「正しさ」を地図の「北」と重ね合わせ、「正しさ」を見失った時に、人間はなにを持って生きる指標とするのだろうかということを「極北」という厳しい自然環境と文明の火の届かぬ場所を舞台に問いかけてくるのである。

 我々は正しさや人間性、倫理観を社会という共同体の中で幻想として共有している。しかし一旦その幻想から解き放たれたとき、いかにして人間を人間たらしめるかということを自問することになる。

そしてそのような自問を物語から得ることができた時、その小説は深く心に刻み込まれる。
『極北』は、そのような小説なのである。


極北
マーセル・セロー/著 村上春樹/訳
中央公論新社
2,090円 ISBN:978-4-12-004364-2

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