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【ア・モーメント・ビトウィーン・ザ・ラスト・イヤー・アンド・ザ・ネクスト・イヤー】

 GWHAAAM……。気の早い鐘の音が聞こえた気がして、コゾイは山の向こうに目をやった。町の中心部からやや離れたこの寺には、行く年を惜しむ参拝者が押し寄せることもなく、広い雪面の多くが滑らかさを保っている。日はもうとっくに落ち、夜の闇は一層冷たい。古いが清潔なキモノの前を深く合わせ直し、コゾイは白い息を吐いた。彼がこの寺のボンズを務めて30年になる。かつては人々でにぎわったこの場所も、近年は寂しさを増していた。地元の信心深い住民による寄付で助けられているものの、真冬に満足な暖房もつけられない程度には、寺の経済状況は逼迫していた。国からの援助はじわじわと減らされ、来年はいよいよどうなることか……。暗い考えを打ち切るように白髪交じりの頭を振り、コゾイは年越し準備を見回り確認しようと歩き出した。

 薄暗い廊下を歩き、静かに庭へと下り立つ。整えられた庭は背後の山に緩やかに溶け込み、灰銀色で美しく飾られている。自分よりはるかに年上の曲がった松の木。分厚い氷が融けない小さな池。奥に見える大きな鐘は、傷みが激しいため来年すぐに撤去される予定で、大みそかにも活躍が許されずひっそりと佇んでいる。静かで奥ゆかしい自然の姿にコゾイは柔らかく目を細めた。いつもは寺を行き交う年若いボンズたちの姿も今は見えない。近くの寺……鐘つきやアマザケ配りなどで賑わうもっと大きな寺に手伝いに行かせているのだ。寂しい年越しになるが、その分落ち着いた夜。明日の朝は帰ってくるボンズたちをゾウニでいたわってやろう。コゾイは考えながら歩を進める。

 ゆっくりと雪を踏みながら裏門へ向かう。見習いボンズたちの仕事を疑うわけではないが、カドマツの飾りつけがやはり少々心配であったためだ。青々としたそれは多少飾りが傾いていたものの、丁寧に設置されていた。安心して笑みを浮かべるコゾイの耳に、突然不躾な大声が飛び込んだ。
「ドーモ!新年にモチはいりませんか?」
「モ……モチ?」
山を震わすような大声に、ぎくりと体を震わせる。門の外から聞こえてくる声に聞き覚えはない。
「モチをねえ、売ってるんですよ!どうですか」
「いや……いいえ、申し訳ないが、当寺ではすでにモチの準備を」
「モチがねえ、売れないと困っちまうんですよ!助けてくださいよお!」
こちらの声にかぶせるようにしてがなる男の声に、コゾイは困惑した。モチの行商人なのだろうか。こんな山奥の小さな寺に?コゾイが迷う暇を与えないかのように、外の声は続く。
「スゴイ、いいモチなんですよ!ボンズ様ぁ!モチ要りませんかね!」
「ああ、わかりました。少しお待ちなさい」
 哀れっぽくすがる声に返事し、コゾイはカンヌキに手をかけた。この必死な様子、会社から大量のモチ在庫を押し付けられたサラリマンか。はたまた需要を読み違ったコメ屋だろうか。一人の男が心安らかに新年を迎えられるなら、多少の出費は許されるだろう。コゾイは老いた顔に慈悲深い笑みを浮かべ、カンヌキをカタリと外した。
「イヤーッ!」
「グ、グワーッ!?」
 カンヌキが外れた直後、裏門は内側に爆発的破砕!コゾイは轟音と共に庭へと叩きつけられた!薄い戸板の破片はコゾイに覆いかぶさり、小さな体を圧迫した。突然のことにただ体を丸め苦悶するコゾイの目の前に、4本の脚が下ろされた。
「ドーモ、ボンズ様ァ!バードライムです!」
「ドーモ、デッドパウンダーです!」
「アイエエエ!ニ、ニンジャ、ニンジャナンデ!?」

 ああ、一年の終わりになんという来客か!そこにいたのは2人のニンジャであった。初めに名乗った方は小柄で、腰にいくつもの怪しげな袋をぶら下げて笑っている。もう一人は鬼に似たメンポで顔面を覆い、背中には……なんということか、染みついた血の匂いを隠そうともしない、巨大な鋲付きハンマーを背負っている!コワイ!
「ギャハハハ、騙されてやんのジジイ!モチ要るか?モチ!」
「ほ、本寺院に、どのようなご用件でしょうか。私共は」
「用はねえんだよてめえにはよ!ハハハ!」
 起き上がることもできないままのコゾイに、小柄な方……バードライムは歯をむき出して迫った。暴力の可能性を見せつける威圧的振る舞い!コゾイがもう少し修業の足りないボンズであったならば、今頃廊下は失禁に濡れていただろう。
「アレだよ、アレ!お宝を出せよぉ!」
「た、宝とはいったい。お渡しできるようなものはなにも」
「黄金のブッダ像だ。ボンズよ」
アイサツしたきり黙っていたニンジャ。デッドパウンダーが低い声で呟いた。
「我々はそれを頂く。売って金にする」
「そんな、なんてことを!」
 コゾイは男の言葉を聞き、思わず声を荒げた。黄金のブッダ像……それはこの寺に古くから保安され、また隠されてきた秘仏であった。どれだけ敬虔な信者であろうとも、いや、ここで寝起きしているボンズの中でさえ、その存在を知らないものの方が多い。ごく限られた者によって密かに、永く守られてきた……まさにこの寺にとっての守り神。それをまさか、なぜこのような者らが!目の前の事態への絶望と混乱に、コゾイの顔は雪よりも白く血の気を失った。
「おら、案内しろやジジイ。ブッダはどこにいンだよ?」
「し、知らない……なんのことだか私はなにも」
「しらばっくれてんじゃねえぞジジイ!」
「グワーッ!」
 バードライムは目を吊り上げ、立ち上がれずにいるコゾイの肩を蹴り上げた。たまらず悲鳴を上げて悶える老人の腕を鷲づかみ、デッドパウンダーは冷たく言い放った。
「貴様が話そうが話さまいが、像を貰っていくことは変わらんのだ。無駄なけがをしたくなければさっさと吐け」
「こ、ことわる……」
「フン、馬鹿なボンズだ!」
 二人のニンジャはコゾイを引きずりながら雪の庭を突っ切り、建物へと向かった。土足のままで床板に乗り上げ、そのまま適当に進んでいく。コゾイは乱暴に襟を閉められながらも必死に足を踏ん張ったが、ニンジャの力に叶うはずもなかった。若いボンズたちが磨きあげ飴色に光っていた廊下は、今や土混じりの雪ですっかり汚れている。徐々に近づくブッダ像を思い、コゾイは堪えきれない嗚咽を漏らした。

 最も奥まった場所にあるその扉は分厚く、黒い漆が塗られていた。二人のニンジャは顔を見合わせると勢いよく戸を横に開け放した。ガラララッ!場違いに小気味良い音が暗闇に反射する。その暗闇に「彼」はいた。
「おう、アレだアレ!手間取らせやがってよ!」
 堂の中央、一段高い壇上にそのブッダ像はあった。驚くべきはその大きさ!横幅は2メートル、縦には3メートルといったところか。首回りですら腕を回しきれないほどの、堂々たる座像である。そして目を見張るはその輝き!長い年月にやや剥がれ落ちているものの、全身が黄金で覆われているのだ。その光輝はけして下品なものではなく、瞳にはめられた宝玉の黒さには思わず身を正すようなアトモスフィアがあった。厳しい威光を気にもせず、ニンジャは像に近づいていく。
「や、やめてください……!そのブッダ像はこの寺の宝、どうかそのお方だけは……!」
「ウルセェーッ!てめえにゃ用はねぇ!」
ニンジャは振り返って罵声を飛ばした。
「ブッダの金を剥ぐ前に、貴様の皮を剥いでやろうか?ジジイ!」
「そ、そんな」
「ハッハハ、せいぜい奇跡を願うのだな、ボンズ!」
 盗人はゲラゲラ笑って像に向かう。倒れ伏し涙するコゾイにもはやなすすべはない。黄金のブッダ像は眠っているかのような薄目から、哀れな信者を見下ろしていた。ナムアミダブツ!年の暮れになんと唐突な悲劇か!
バードライムは無造作にブッダ像に近づき、手を伸ばした。黄金の肌に指先が触れようとしたその時!
「Wasshoi!!」
「グワーッ!?」
 GWHAAAM!堂内に響く、割れるような轟音!同時に吹き飛ばされるバードライムの体!そのまま堂内からはじき出される相棒の姿に、背中に手を伸ばすデッドパウンダー……残虐ハンマーを掴む寸前、その腕は押し止められた!
「一年の締めを汚す狼藉者め。よほど年を越したくないとみえる」
 赤黒の装束、吹きあがる殺気。頭にかぶったままのブッダの頭部……たった今黄金のブッダ像から飛び出しアンブッシュを決めた男は、まばゆい輝きの隙間に「忍」「殺」の字を覗かせ、この年最後のイクサを宣言した!

 凍り付きそうな年の暮れ、寂れたテンプルの一角は急激に熱気を増していた。
「イヤーッ!」
 強盗ニンジャの一人、デッドパウンダーは捕まれた腕を体ごと横に捻り、ニンジャスレイヤーの拘束を振り切った。そのまま後ろに飛び下がり距離をとる。新たな敵への困惑で顔を歪める巨体のニンジャの横に、連続側転で舞い戻った小柄なニンジャが並んだ。
「チィーッ!……ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、バードライムです!」
「……デッドパウンダーです!」
 ニンジャスレイヤーは二人のニンジャに怒気を向けたまま、ゆっくりとブッダ像の頭を脱いだ。両手で抱えられた金色の首はこの状況にも涼しい眼を光らせ、口の端で微笑むままである。ブッダ像の胴体、その横にそっと頭を並べるニンジャスレイヤーの背に、攻撃を仕掛けることもできず、デッドパウンダーは冷や汗を流していた。
(ニンジャスレイヤー、いったい何者……奴もブッダ像を狙ってきたニンジャか?なぜここに……そしてなぜそのような……そんな格好を!)
 予想もしなかった敵のエントリーに、デッドパウンダーは当初の予定が崩れたことを感じた。目の前のニンジャは、相当に強い。恐らく自分よりも、そして横にいるバードライムよりも……!黄金のブッダ像の存在を知った日の沸き立つような高揚はすでに遠く、この話を探り当ててきた横の相棒に対しては、今や非難の感すら覚える。

 壁際にブッダの頭を安置したニンジャスレイヤーは再び敵に向き直った。
「やはりナンシー=サンの言う通りだったな。データ奥深くに埋もれていた黄金のブッダ像の情報、そこに侵入したのはオヌシらの仕業だろう」
「ヘッ!だったらどうした?着ぐるみ野郎!」
バードライムは唇の血を拭って鼻を鳴らした。
「こんなかび臭い場所に閉じ込められてたんじゃ、ブッダも泣くってもんだぜ。俺らがどこか、そうだな、年が明けたらすぐにでもキョートの金持ちどもにでも売り渡して……」
「それは不可能だ。ニンジャの屑め」
「アン?」
「オヌシらはここで私に殺されるのだ。除夜の鐘が鳴り終わるまでに!」
「ほざきやがれぃ!イヤーッ!」
 バードライムは一瞬身を縮め、その場で高く飛び上がった。空中で身を激しく回転させそのまま急降下!ニンジャスレイヤーは正面から向かってくる敵にチョップを構え、横に一閃!バードライムの体を二つに削いだ!
「ヌウッ!?」
 いや、否!錐揉み落下攻撃を決めると思えたバードライムは空中で方向転換、赤黒のニンジャから数メートル離れた場所に着地した。そして!
「グワーッ?!」
「かかったな、馬鹿めィ!」
 何が起こったというのか。苦悶の声を挙げたのは圧倒的有利位置であったはずのニンジャスレイヤーである!そして!
「グウッ、これは……!」
 おお、ニンジャスレイヤーの腕を見よ。赤黒に燃えているはずの両の腕は、湯気を上げた白い物体に覆い尽くされている!ジュウジュウと音を立て肉を炙る白い拘束物。ニンジャスレイヤーは肩に力を籠め引きちぎろうとするも……できない!恐ろしいほどの弾力性を持ったその物体は伸ばすたびに腕に絡みつき、ますます皮膚を焼いていく。そしてもがく彼の足元も、いつの間にか同じ物体でがっちり固められている!身動きできないニンジャスレイヤーに嘲りの声がかけられる。
「ヨロシサン製攻撃用特性モチの粘着力を見たか、ニンジャスレイヤー=サンーーッ!」
 得意げに叫ぶバードライムの手には……そう、モチである!腰の怪しげな袋に詰められていた白いモチは、見た目には一般的なものと変わらない。しかしそのモチは慶事を祝う本来の目的を忘れ、今や敵を絡め取り締め上げる恐ろしい拘束物となっていた。そしてバードライム自身のジツにより、モチは超高温に蒸し直され、罠にかかった哀れな敵を火傷殺せしめるのである!

「大口を叩いておりながら、他愛ないな!イヤーッ!」
 バードライムは易々と絡めとられた目の前の敵を嘲笑し、再び高く跳躍した!堂の天井を蹴り、動けないニンジャスレイヤーへと突撃!ニンジャスレイヤーの体は衝撃と共に頭までモチに包まれた!
「灼熱の中で窒息死するがいい!ニンジャスレイヤー=サン!」
 高らかに哄笑するバードライム!白い塊に背を向けブッダ像のもとに歩き始めた……と思ったが!
「待て、バードライム=サン!後ろだ!」
「なにぃ!?」
「イヤーーッ!」
 デッドパウンダーの叫びに振り向いたバードライムの顔面を、ニンジャスレイヤーの拳が強くとらえた!
「グワーッ!な、なぜだ!?」
 この一瞬でどうやってあの強粘着灼熱餅から脱出したのか?バードライムは横目でモチがあった方向を見て、目を見開いた。白かったモチ塊が、真っ黒な炭に変わり果てている!
「バカなーッ!俺のモチの温度よりもお前の体温が勝ったってのかァーッ?!」
「その通りだ、バードライム=サン!」
 ニンジャスレイヤーは頬に押し付けた拳を一層強く押し当てた!理解してわかる、その体温。バードライムの顔は見る間に焼けただれていく!
「モチを馳走になったな、バードライム=サン。残った分はオヌシに返そう…受け取れ!イヤーッ!」
「グワーッ!」
 ニンジャスレイヤーはその拳を開くと、中に握られていたもの………あのモチの一塊を、勢いよくバードライムの口中に突き入れた!喉を塞がれ窒息したバードライム!首をかきむしり悶えるその体をつかみ、ニンジャスレイヤーは第一の敵を背骨から逆に折り曲げた!
「イヤーーッ!」

「アバーッ!サヨナラ!」

 バードライムは逆エビ反り姿勢で爆発四散!ニンジャスレイヤーは敵の残骸に目もくれず、短くザンシンを決める。そして体についたモチの欠片を払うと、もう一人の敵……デッドパウンダーに向き直った。

 ……床に伝わる微かな振動に、寺の住職コゾイは目を覚ました。グラグラと痛む頭を押さえ、ゆっくりと起き上がる。未だかすむ目で辺りを見回す。暗い堂、冷たい床、黄金の輝き……そうだ、黄金のブッダ像は?コゾイは急激に覚醒し、ふらつく体でブッダ像のほうへと駆け寄った。胴体だけになった痛々しい姿に再び意識が遠のきかける。が、そばに置いてあった頭部を見つけ、安堵に深く息をついた。そして徐々に思い出される気絶する前の記憶……モチの売り声、二人のニンジャ、蹴破られた戸、そして、ブッダ像の中から飛び出した赤と黒の姿!あの者たちは果たしてどこへ?ブッダ像は諦めて帰ったのか?混乱と不安に身を縮めるコゾイの体を、大きな揺れと共に轟音が襲った!
「アイエエ!?い、いったいなにが……」
 コゾイは数舜の間ブッダ像を見上げていたが、踵を返して堂から飛び出した。廊下を進み、フスマを開け放ち、音が聞こえる方向へと進んでいく。寺の監督者として、ブッダ像を守るものとしての責任感が、コゾイの恐怖を押さえつけていた。

 音と振動の発生源、鐘が設置してある庭の方向に下り立ったコゾイは、目に映る光景を疑った!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」
「グワーッ!」
 そこにいたのは鋲付きハンマーを地面に何度も叩きつける男の姿!その腕の先にいるのは……あの赤黒装束の男ではないか!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」
 力任せに振り下ろされるハンマー。男からは骨の砕ける音が聞こえ、破けた肌から噴き出す血は雪面を汚す。なんと強力かつ速い打撃か!左右に転がり逃げようとする赤黒の男……コゾイは彼が賊の片方を葬ったことを理解した……。ハンマーは標的を的確にとらえて砕き、彼の体は徐々に地面にめり込んでいく!その打撃は地面を揺らし、コゾイは再び尻もちをついた。

 ……どれだけその時間が続いたのか。山の向こう、他の寺院からはすでに除夜の鐘が聞こえている。もうすぐ年が明けるのだ。ハンマーを振るうのをようやくやめたデッドパウンダーは、すっかり地面に埋もれたニンジャスレイヤーを見下ろした。
「フウーゥ……バードライム=サンのモチは旨かったろう、ニンジャスレイヤー=サン……。今度は俺が貴様を、モチ状に衝き殺す番だ」
その眼に宿るのは強盗の計画が狂った苛立ちか、相棒を殺された怒りか。
「新年まで命が持たないのは貴様のほうだったな。ハイクを詠みたいか、アン?」
「グ…ッ!」
 地面から這い出ようとするニンジャスレイヤー。その腹を無慈悲に踏みつけるデッドパウンダー!
「終わりだ!イヤーーーッ!」
 グシャアッ!大みそかの夜に、生臭い音が響き渡った!思わず目を伏せるコゾイ。あの男が殺されたら、おそらく次に来るのは自分の方。きっと今度はそのまま殺されるだろう。そして黄金のブッダ像も……。コゾイはうなだれたまま足音が近づくのを待つ。
「……?」
 しかし、いつまでたっても足音は聞こえない。聞こえるのは押し殺された荒い呼吸。それも……二つ!
「グ、ゥゥゥ……!」
「ハアーッ、ハアーッ!」
 目を開いたコゾイが見たものは、血まみれで立つ赤黒のニンジャ、そして倒れ伏すデッドパウンダー!
「は、離せ!離せぃ!」
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
 デッドパウンダーの足首は握りつぶされたように崩れている。そしてあの残虐ハンマーは、真っ二つにおられて近くに転がっていた!ニンジャスレイヤーは最後の一撃が振り下ろされた瞬間、寸前でそれを回避。地面を穿ったハンマーを叩き折り、そのままデッドパウンダーの足を掴んで地面に投げ飛ばしたのだ!

「大みそかの寺にふさわしい方法でアノヨへ送ってやろう、デッドパウンダー=サン!イヤーッ!」
「グワーッ!」
 ニンジャスレイヤーはデッドパウンダーの腕をつかみ、力の限り投げ飛ばす。飛んでいった先にあるのは、そう、撤去を待つばかりであったあの鐘である!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
 GWHAAAAAM!! 鐘に叩きつけられるデッドパウンダー!追いつき撞木を叩きつけるニンジャスレイヤー!跳ね返っては再び押しつぶされるデッドパウンダー!鈍い轟音と共に罅を増すテンプル・ベル!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
「イヤーッ!」
「アバーッ!」
 ………肉を砕く鈍い音が108回を数えたそのとき!

「サ……サヨナラ!」

 デッドパウンダーはついに爆発四散!同時に限界を迎えた鐘が砕け散る。赤銅色をした無数の破片は地面に広く散らばったが、すぐに雪の白さに覆われ周りの地面と区別がつかなくなった。ニンジャスレイヤーは撞木からゆっくり手を離し、赤く染まった雪を踏みしめて歩いた。

 へたりこんだまま呆然と見ていたコゾイに近づき、少し離れた位置で目を合わせる。
「……シツレイをしました。ブッダ像にも、あの鐘にも、この寺すべて、そしてあなたにも」
 二人分の血が染みた装束。メンポの奥からは荒い息が聞こえ、しかしその声には理性があった。そしてコゾイはその理性を受け取ることができる人間であった。年老いたボンズはゆっくりと立ち上がり、草履をはき、雪の中に踏み出した。赤くかじかむ足を動かし、正面から赤黒のニンジャに向き直る。そしてコゾイは男に深く頭を下げた。
「ブッダ像を守っていただいたこと、本寺院の責を負うものとして……感謝いたします」
 雪はいつの間にか止み、遠くからは花火の音が聞こえていた。そうだ、鐘の音ももう聞こえない。年が明けたのだ。新しい年が。ニンジャスレイヤーは少し止まった後、自身もオジギを返した。そして振り向き歩き出した。迷いない足取り。徐々に遠ざかる背中。コゾイはその後ろ姿に声をかけた。
「……アケマシテオメデトゴザイマス」
 赤黒のニンジャは歩みを止め、コゾイに一言返すと、その場から消えた。コゾイも踵を返し、再び寺院の中に戻っていった。最後二人が残した短い足跡は、再び雪が降り始める日まで、かき消されることはなかった。

【かくしニンジャ名鑑】
バードライム:Birdlime。つまりトリモチを意味するニンジャネームを持つ。粘りと高温保持性に非常に優れたヨロシサン製特性モチを用い、敵を足止め、拘束した後に焼き殺す。モチを熱するのは彼自身のジツによる。

【かくしニンジャ名鑑】デッドパウンダー:dead pounder。 巨大な鋲付きハンマーで敵を殴り殺す大柄なニンジャ。力任せに殴る戦闘スタイルからもわかるように、カラテはそこまで強くない。バードライムと手を組み強盗行為に手を染めていたが、ニンジャスレイヤーに殺された。