見出し画像

第23段「都会に集まる意味」

都会に人が集まるメリットは、色々な人と情報や仕事が口コミで交換できるから。
昔のテレビ局も出版社も色々人が入ってきて色々情報や仕事が集まってきた。
でも今やセキュリティが厳しくて、関係者以外は入れない。なので入構パスを持っている関係者としか交流しない。
どのテレビにも同じ人しか見ないのは、実はそれが理由。
その情報の混交が果たせないのなら、もはや都会に集まっている意味が無いのではないか?

例えば都会の高層インテリジェントビルに入居してる会社って総合受付で入館受付されたのに、その会社の入り口で再び入館受付しないと入れなかったりするけど、あの二段認証って本質的に意味があるのだろうか?(総合受付という条件を飲んだからその会社がそのビルに入居できたという理由以上に)
意味ないと思う。

障壁を作って外部との交流をシャットアウトすることが有効なのはその内部が内部だけで成立するほど豊潤な多様性を持つ時。
今や日本自体も、日本の各業界も、日本の会社も、その豊潤な多様性を持っていない。
なのに日々セキュリティを厳しくすることに躍起になっている。そして中から腐っていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?