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AD33「今すぐ君をぶっとばせ」

僕の大好きなロックバンド、ムーンライダーズ『今すぐ君をぶっとばせ』という名曲が、ある。
名曲といっても、1986年に出たバンド10周年記念12インチシングル(この名称懐かしい!)『夏の日のオーガズム』のB面(この言い方も懐かしい)なので“知るひとぞ知る”名曲なのでありますが、このタイトルの真意を知るために、僕はこの曲を初めて聴いた16歳の時から生きているようなものなのです。
つまり、このタイトルは何を意味するのか?

ぶっとばす君とは、貴方のことか? 自分のことか? 貴方がぶっとばすのか? 自分がぶっとばされるのか?
・・・これ、ずーっと疑問なのである。
で、その疑問はムーンライダーズが僕がプロデュースしていたTBSの番組『オトナの!』に2014年にご出演いただいた時に、リーダーで作詞者でもある鈴木慶一さんに聞いたのでありますが、
それは「君が決めることだ」
的な返答をいただき、つまりその疑問はずーっと継続中なのであります!
つまり、この疑問の解答はですね、もう歌詞の中にはないのです。
自分がぶっとばすのか?
君をぶっとばすのか?
は、多分にその人のスタンスなわけであります。つまり自分がどう生きるか?って行き方の問題なんだと思っています。
実は、この連載のタイトル『テレビの果てはこの目の前に』ですが、これはアンディモリのラストアルバム『宇宙の果てはこの目の前に』からのインスピレーションですが、そのタイトルを決める際の候補としては、もう一つ『今すぐテレビをぶっとばせ』というのも僕にはあったのです。でもまあ、テレビ局を辞めた人間がやっている連載のタイトルが“テレビをぶっとばす”なんて僕の近辺でハレーションが大きいかな(笑)と思い、今のタイトルを選んだわけです。

でもこの疑問は、僕の頭の中にずーっと鎮座ましていて、何か社会で事件があっても、自分の近辺で問題が起こっても、嫌な奴に嫌なことされても、ずーっと思ってるわけです。
自分がぶっとばすのか?
君がぶっとばすのか?
つまり、何か問題が起こりますよね、それで当然自分にも火の粉が降ってきたりします。でもそういう時って、他人に責任を転嫁したり、自分は無関係だと決め込んだりして大部分の人は回避しようとします(当然、僕もです)。
でも、それでいいのかな?ってこの疑問のような疑念が、僕の中で、ふーっと襲ってくるのです。
自分をぶっとばさなきゃいけないんじゃないか?って。
自分がぶっとばしたら、社会や他人にぶっとばされるかもしれないけど、でもそれでもやった方がいいんじゃないか?
これ、本質的には自分に関係ない問題だとしても、でもこの問題が解決した方が皆が(自分も)ハッピーなのならば、自分も関与したほうがいいんじゃないかって、そんな風にマゾヒスティックに思っちゃったりするのです。

・・・でも、そんなこと言ってると、世界中の問題に全部自分が首を突っ込まなけれいけないですし、ていうかそもそも全部に首を突っ込むなんてそれこそ物理的に時間的に不可能なわけです。で、そうすると結局自分がやれることだけ、やれる範囲でやる、ということになります。だから、君がやりなよ!君がぶっとばされろよ!って。
でも、それでいいのだろうか?
なーんて、やっぱり脳内に疑念が襲ってくるのです。
で、まあ、そんな人間なので、僕はバラエティプロデューサーなんて職分をやっているのでしょう。それこそ自分のこと他人のこと、いろいろな企てに参加してますから。

で、そんな感じで自分で自分のことをやっているとですね、なんか近寄ってくる人がいたりします。これ、手伝って的な。おもしろいこと思いついたので、角田さんも加わりませんか的な。
そんな時、思うわけです。
君がやりなよ!って。そんなにおもしろんだったら、僕に紹介しなくていいよ!君が自分で自分をぶっとばせよ!って。
でも、そこで突き放しきれない自分がいるわけです、僕がやったらもしかしたら、もっと上手くできるかもしれない!って(できないかもしれないですが)。
あるいは、もしかしたらすごい困ってて僕のところに頼みに来たのかもしれない!
それ、ほっといていいんだろうか?
だって確かにおもしろそうだし。
そんな、迷いみたいなことを、ここずーっと抱えてるわけです。
つまり、そもそも『今すぐ君をぶっとばせ』という言葉に感じていた疑問を、自分の人生のスタンスで紐解こうとすると、そのスタンス自体で、さらに疑問がかぶさって二重になるということです。
なんだろう?実は全然意味が違うのかな???
そんなグダグダ言っているお前自身をぶっとばせ!悩みや疑問を吹っ切ってしまえ!ということなのかな。
あるいは、そんな風にふっ切ることなんか一生できないけども、でもだからこの際たった一度の人生をぶっとばしてみたらどうだろう!・・・って慰め、あるいは激励なのかな。

『今すぐ君をぶっとばせ』の一節にこんな歌詞があります。

渋い私は、晩年にはもっと立派だ

16歳の高一の時に、初めて聴いてから32年。
渋い私は、晩年にはもっと立派なのだろうか?

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