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AD1「宇宙の果てはこの目の前に」

皆様おはようございます。バラエティプロデューサーの角田陽一郎(かくたよういちろう)といいます。
[水道橋博士のメルマ旬報 vol.90 2016年7月20日発行より一部改定]

僕がTBSで制作していた番組『オトナの!』もちょうど2016年6月で終了しちゃったため、この連載も『オトナの!キャスティング日誌』からタイトル変更・衣替えです。

『オトナの!キャスティング日誌』は連載開始当初、主にテレビ番組のキャスティングのエピソード話をしようと思って始めました。テレビの演出や中身のことを書いている連載や書籍はあるけれども、キャスティングにまつわるエピソードを書いているものはなかなか見ないなって思ったのと、そうすると毎週のOAのPRも兼ねられるし・・・という色気もあったのですが、結局のところメディア論になったり、企画術になったり、自分の今までの人生のこと書いちゃったりで、ほとんどキャスティングの話にはなりませんでした。というのも、キャスティングのことは、なかなか書けないこと(公開できないこと)が多すぎるのです。「そうか、だからキャスティング系の連載はこの世にほとんど無いのだな!」と一人合点がいったりもしています。

「この世に無いものには、無い理由があるからなのです。」
・・・これが、キャスティング日誌を連載していて、僕が一番学んだことでした。

それで、新連載は何をテーマに書くのか?
僕は『オトナの!』終了に伴い、22年間在籍したTBSテレビを退職しようと思っています。通常は番組終了で、テレビ局まで退職する人はなかなかいません。普通はプロデューサーやディレクターなどの制作“現場”を卒業して、いわゆる“非現場”といわれる管理部門などで管理職として経営者としてテレビ局の中心で偉くなっていく人がほとんどです。
今までこの連載で何回か書いてきましたが、『オトナの!』は独立採算番組というかなり独自の構造の番組だったので、局内の組織の中で独立のチームで4年半運営していました。そしてそれ以前は、GOOMOというネット放送会社を設立して、TBSの子会社ながら独立で3年運営していました。ようするにここ8年間、僕はほぼ独立=インディペンデントとしてやってきたとも言えます。
いや、インディペンデントなんていうと、凄まじくカッコよく聞こえますが、ぶっちゃけ組織から外れて、組織の端(はし)の方で、小さく小さく個人商店でやってきただけだとも言えます。
そう、僕はTBSに入社して、若い頃はテレビの中心でゴールデン帯の『さんまのスーパーからくりTV』や『中居正広のキンスマ』とかを作りながら、やがて次第に中心から遠く遠く離れていき、そして深夜2時の『オトナの!』を作るにあたって、だいぶ中心から離れた「テレビの端」で生きて来たのです。そんな端っこにいたからイベントやったり書籍書いたり、音楽フェスをやったりもできたのだと言えます。
そしていよいよテレビ局を退社するということは、まるで太陽系からの引力を離れて太陽系外に出た惑星探査機ボイジャーのように、まさに“テレビの果て”をこれからただよって探索しながら生きていこうと思っているのです。

ということを考えていて、あるアルバムの名が頭に浮かびました。2014年に解散してしまった3ピースロックバンドandymoriのラストアルバム『宇宙の果てはこの目の前に』。
僕はだいたい番組作る時もタイトル先行です。タイトルが決まると、そのタイトルにだいたい中身が引っ張られていくからです。このアルバム名からタイトルを拝借しようと思います。

テレビの果てはこの目の前に

このタイトルにはいろんな意味がこめられています。
僕はandymoriの解散のラストライブ、14年8月29日の「SWEET LOVE SHOWER 2014」に行ったのですが、独特の張り詰めた雰囲気の観客の中で演奏が続く中、途中のMCでボーカル小山田壮平さんの「もう一回ライブやりたい!」って一声で、10月に再び武道館でラストライブが行われたのです。僕はこのエピソードがすごく好きなのです。
「きれいにいさぎよく終わらせたい」
そんなことできるわけないじゃないですか?真剣に人生をかけてやってきたことを、「有終の美をかざろう!」なんて美辞麗句のごとく終わらせられることなんて、僕はできないですし、ものすごくカッコ悪く、往生際悪く、後味悪くふるまうことに、僕はものすごく共感するし、それがものすごくかっこいいことだと想うのです。
僕も、テレビの中で生きてきた僕を、すっきりきれいに終わらせてやろうなんて、これっぽっちも思っていません。もうどんな風になってでも、みすぼらしくなっても、往生際悪く、テレビをそれこそ“テレビの果て”でまだまだやってやろうと思っているからなのです。“中心”では見られない、“果て”でしか見ることができない景色があります。僕はそんな景色を見てみたいし、この連載でそれをレポートしようと考えました

そして、その“テレビの果て”とはいったいどんな景色なのか?2016年はネットの動画元年と言われています。むしろ新しいネット動画サービスが始まるたびに毎年言われているような気がしますが・・・でも半年過ぎてAbemaTVの快進撃など、今年は動画元年でまず間違いなさそうです。
そんな動画元年に動画界の大御所“テレビ”はいったいどうなるのか?
世界史を見てみても、イノベーションは中心ではなかなか産まれません。中心は今まで形成された既定概念で運行されていて、その引力があまりに強すぎて、なかなか自由に動けないのです。イノベーションは周縁で生まれるのです。周縁では既定概念の引力から解放されて、自由に動けるからです。
そんな引力が届かない“テレビの果て”とは、つまり“テレビの最前線”でもあるのです。
僕は“テレビの果て”を“End of TV”という意味ではなく、“Frontier of TV”だと思っています。これから僕が体験するであろう未知の“テレビの最前線”を、この連載で紹介していきたいと思っております。
読んでいただきありがとうございました。

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