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AD16「光あれ!」

9月の半ばにコトブキツカサと西麻布で夜遅くまで飲んでいた。だいぶ酔って家に帰った。
翌朝目が覚めると、左眼が見えなくなっていた。

実は2月のある日、左眼が突然に飛蚊症になった。まさに目の前を蚊が飛んでいる感じ。眼科に行って、医師に症状を伝えると、なんと飛蚊症は治らないらしいのだ。

「治らない」
そう言われるのって結構ショックだ。人はこの様にだんだんと自分の体の部位に不調を感じて行き、老化を実感するのだろう。そう言えば数年前から右肘がわけもなく痛い、これもどの医者に行っても原因不明だと言われる。

こうして目の前の蚊をうっとうしく思いながら“テレビの果て”で春も夏もせわしなく働いていると、8月初旬に軽い登山をしたあと、突然左眼の蚊が増えたのだ。1匹だったのが、20匹くらいいる感じ。
「でも、飛蚊症は治らないって言うしな、どうしたものか。また右肘の様に違う医者に行っても、そう言われるんだろうな」
と思いそのままにしていたら2週間くらいして徐々に蚊は減ってきた。
「そういうものなのか。」

そう自分に納得させた数日後の、左眼が突然見えなくなった9月の朝だった。
見えないと言っても真っ暗闇というわけでなく、霧の中というか、曇りガラスを通して見ている感じ。翌朝軽減しているかもと思い、1日経つも、翌日も左眼は曇りガラス。これはまずいんじゃないかとさすがに思い、ちょうど赤坂で夕方までミーティングだったので、ミーティング終わり、検索して見つけた赤坂の眼科に行ってみる。
「そんなに見えないのが、気のせいなわけないじゃないですか」
医師からは厳しく言われる。
検査すると、
「網膜剥離の疑いがあります。明日の朝、至急大学病院に行ってください。紹介状書くから」
そう言われ、翌朝に大学病院の眼科に行く。
初心受付で待っているとかなり不安だ。
ちなみに受付で一人ずつ名前を呼ばれるのだが、その中に有名俳優さんの名があった。
呼ばれて立ち上がったのは、キャップを深くかぶった確かに有名俳優さんだった。幸いにも周りは高齢の患者さんばかりで気づいたの僕くらいだった。実名でお仕事される方は本当に大変だ。
彼だって、体に不調をきたしているから朝早く大学病院に来ているんだろうに。

そこから眼科に通され、診察。
網膜に穴が空いてそこから血液が眼球の水晶体に入り、視界上で蚊の様な黒い点になり、それが増えて曇りガラスになり、視界を遮っているのだと言う。
飛蚊症は気のせいじゃないじゃないか。
多分2月から感じた飛蚊症は気のせいじゃなかったし、8月の軽い登山も、9月のコトブキツカサとの飲み会も、僕の血圧を上昇させ、血液を眼球に流入させたのだろうと。
気のせいじゃないじゃないか。
でも後日ネットでいろいろ調べたら、ひどい飛蚊症は網膜剥離の疑いがあると書いてあった。つまりひどいかひどくないかは、自分では判断できないってことだ。

医師によると。眼球の中の血液が多くて、網膜と水晶体が剥離しているのか、穴が空いた裂傷なのか、現時点ではわからないと言う。とりあえずレザー治療して、経過を観察することになった。血液が薄くなると視界がクリアになってくるし、剥離か裂傷か判定できるらしいので。
剥離だったら手術するしかない。
とりあえずは安心した。いや、解決してないんだから安心している場合じゃないんだけど、医師の話を聞くと手術がすごく怖いのだ。眼をあーやってこーやってと手術過程を聞くだけで戦慄してしまう。その手術をやらなくなっただけで、とりあえずホッとしたのだ。

そこから翌日、3日後、1週間後と通院して、経過観察。
まだわからないですね、状態が続く。
10日くらいたって徐々に左眼の視界がクリアになって来た。よかった、剥離まで行ってなくて裂傷だったのだ。きっとその傷はレザー治療で埋まったのかもしれない。だから血液が減って来たのだ。よかった。よかった。

2週間後の朝、だいぶ視界が回復して眼科で5度目の診察。医師もクリアになった僕の左眼の奥まで見えるらしい。見えた結果、
「角田さん、剥離してますね。そのまま手術です。」

網膜剥離、よく聞く病名だけど、それはボクサーがなるから有名であって、殴られたわけでなく網膜剥離になるのは、なかなか珍しいらしい。過労と疲労とストレスか、もともとの近眼から来るのか。
とにかく手術だ。
僕は手術も入院も初めてだ。すごく不安になる。
手術した後は1週間近くの入院になる。なんでも手術後眼球にガスを入れ、そのガスの圧力で網膜の剥離状態を眼底とくっつけるのだと言う、なので、数日間のうつ伏せが必要なのだ。
数日間のうつぶせ
つまりマッサージ屋さんでよくするあの状態のまま数日間。
僕に耐えられるだろうか?
太ってるので(太ってるのが悪いのだが)、うつ伏せを続けるとお腹が邪魔で、肩だの腰だのが痛くなるからだ。それを数日間も耐えられるのか?
でもその前に戦慄の手術が待っている。
手術に耐えられるのか?

手術は夕方6時からだと言う。それまでに各所に連絡して仕事をキャンセルして、入院部屋の手続きを済ませ、手術着に着替え、入院部屋でお呼びがかかるのを待ちながら、手術前に必要な3種類の目薬を5分ごとにかわるがわる点眼する。医師から聞いた手術の工程、工程って言い方もなんなんだけど、すごくテクニカルで職人的で、まさに工程なのだ。その工程の説明を聞いているだけで恐怖に慄く。

特に一番ゾッとしたのは、手術の時間は90分から2時間なのだが、なんと局所麻酔なのだ。つまり意識があり、眠ってしまってはいけない。眠ってしまって体が無意識に動いたりすると手術のメス作業に支障を来たすからだと言う。
ということは手術される左眼で、その手術される映像を2時間見続けると言うことなのだ。
僕に耐えられるのだろうか?
入院部屋の窓からは東京タワーがよく見えた。

手術の時間が迫って来た。気持ちを落ち着かせるためこう考える様にした。
これから僕は2時間の映画を見るのだ。
それも普段なかなか見られない映画を。その映像を楽しもうじゃないか!
いったいどんな映像が待ち構えているのか?・・・いや、そんなこと楽しめるわけもない。でもそう思うことしか、まもなく始まる手術の恐怖から逃れることができなかったのだ。
今日の夕方手術と医師に朝言われたときも、明日じゃダメですか?と応えてしまった。でもすぐに訂正してすぐ手術してくださいと応えた。それは仕事の整理をつけなきゃいけないことがたくさんあって翌日をのぞんだことも確かだけど、翌日の手術を待つ今夜の恐怖に僕は耐えられないだろうと、すぐに悟ったからなのだった。

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