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「現代語訳 論語と算盤」(渋沢栄一)を読んだ

僕が勤めているFusicという福岡の会社では、「良書探究会」なるイベントがあって、有志で一つの本を読んで、感想を述べ合うという機会があります。何と書籍の購入費用は会社負担!

次回の本である「現代語訳 論語と算盤」(渋沢栄一)を読んだので、その感想を。

なんか本としてまとまりがないなと思ったら、本人が書いたものではなく、本人がいろんなところで講演したのを周りの人たちが記録したり、ごにょごにょしたりして編んだものらしい。道理で...。本に一貫した流れを感じることができず、ブツギレな感じで、いろんなことを語っているので、一冊の本としての感想をまとめるのが難しいと感じています。。

なので各論でおもしろいなと思ったことを、3つ挙げたいと思います。

1. バランス感覚大事だよ!

渋沢さんは直截的に「バランス大事!」と言っているわけではありませんが、各所にこのようなことを説いておられます。

まず第一に、当時の教育が知識偏重になってしまっていて、精神の修練がなおざりになっているということに対して何度も警鐘を鳴らしていました。このあたりは、「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?(山口周 著)」(←この本大好き!)の話と通ずるところがあるなと思った。

その他にも、

関雎という昔の音楽は、楽しさの表現に走りすぎず、哀しさの表現に溺れすぎなかった

という孔子さんの言葉を引用しています。音楽が大好きな自分にとっては納得感のある話です。アーティストも、アルバムも、一つの曲の中でも、また音楽に限らず絵画などの全ての良い創作物には、明暗、喜怒哀楽がバランスよく詰まっていたりするのは、同意する人も多いのではないでしょうか。

また、

得意なときだからといって気持ちを緩めず、失意のときだからといって落胆せず、いつも同じ心構えで、道理を守り続けるように心掛けていくことが大切である。

とも意見されています。

最近は、PVや動画再生回数を稼ぐために過激な主張や極端で破廉恥な行動が目立つ世の中になったと僕は感じていて、ともすれば、このようなバランス感覚を唱える渋沢さんの主張というのは「中途半端」と嘲笑されそうな感じもしますが、

「名声とは、常に困難でいきづまった日々の苦闘のなかから生まれてくる。失敗とは、得意になっている時期にその原因が生まれる」

という言葉から、飛ぶ鳥を落とす勢いだった有名人が失言や不祥事で失墜していく姿がいくつも思いつき、バランスを心がけようと思う次第であります。

日中に食べるクッキーの頻度のバランスを取らねば...。

2. 足りないくらいが丁度ええんや。

「不自由を常と思えば不足なし、心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。」
「及ばざるは過ぎたるより勝れり」

「論語と算盤」という本なのですが、「ほら、この偉人も孔子と同じこと言っているよ!」という例で挙げている「徳川家康遺訓」の言葉の方がより印象に残りました。

自分でも自覚がありますが、割と本能的、衝動的に行動しているので、「もっと、もっと」と求めがちだし、評価系マキシマイザー的傾向が強いと思っています。

もっと穏やかに幸せに生きるために、この辺は気をつけたいところです。

3. 国の発展のために働こうぜ!

この主張は本書の中で度々出てきた印象です。これは響いたというか、考えさせられました。

「国の発展のために働く」という意識を持っている人は現代ではだいぶ少ないのではないかと思います。この言葉に違和感すら感じる人も少なくないのではないでしょうか。(「それってあなたの感想ですよね」と返されたらそうなのですが)明治維新の頃と今では国家観が全然違うので無理もないと思います。

国のため、公共のために働くということが今現代にも求められるのか?ということは再考すべきところかなと思いました。

ちなみに今の自分には、国のために働いているという意識はほぼありません。自分のためと会社のためにという意識で働いています。なぜならまず第一に自分がやっている仕事が楽しくて自分のために仕事をしていると思いますそしてこういう場所を提供してくれている帰属組織、つまり会社に貢献したい、というその思いがあります。

国のためという意識はないです。そもそも、この国では、「国のため」と言うと右寄り、ネトウヨなどという烙印を押されがちでそういうことを言いにくい空気を感じます。(これも「感想」です。)

でも、僕は日本国のために働きたいという希望は持っています。渋沢さんが生きた明治時代から比較して、グローバル化が進み、国境の壁がだいぶ低くなった現代。EUなんていう超国家的枠組みも存在しますが、フランス、ドイツといった国民国家が溶けて無くなってしまうような気配は未だにありません。依然、パスポートは重要な書類です。国民国家が現実として溶けて無くなっているのは、中国やロシアと言った侵略的な暴力によって溶かされた弱い国家、民族です。

僕はもう他のどんな国もそうやって溶かされてることを望んでいませんが、特に自分の国がそんなことになることを一番望んでいません。日本という国家を良い形で運営、存続させていくためには、日本を経済的に、文化的に、あるいは精神文化的に豊かに保つことが必要なんだろうと思います。

まだ人生先は長いので、国のために働くようなプロジェクトができたらな、などと。

最後に

冒頭にも書いたが、一冊の本としては個人的にはまとまりに欠けるのだが、後書き的な「渋沢栄一小伝」が一番おもしろかった。おそらく現代語訳を担当した訳者が書いたのだと思う。

渋沢栄一の経歴や人となりがわかる逸話などのおかげで、より渋沢栄一のことを理解できた。渋沢さんは、財閥系の人という完全に誤った先入観を持っていたが、本当に私欲がなかったらしい。ただ性欲は旺盛だったらしい。

この本を楽しむには、この本が本人が書いた本ではなく講演をごにょごにょ無理やりまとめたものであるということ、つまり当時のおっさんが方方で喋ってたことを記録して適当に並べたものであるということを理解し、先に「渋沢栄一小伝」を読んで、本編に行くのがいいのではないかなと思う。

いや、僕にサポートだなんて...僕にお金渡されても楽器に使ってしまうので、、、あなたのお金はあなたのために使ってくださいw