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【百年ニュース】1921(大正10)6月12日(日) 塙保己一の没後100年祭が同年9月,生まれ故郷の埼玉県児玉郡と墓所の愛染院(四谷)で開催の報道。塙保己一温故学会は,埼玉出身の実業家 #渋沢栄一 を発起人に,国学院大学学長の芳賀弥一,宮中顧問官の井上通泰を中心に運営され,1927(昭和2)には温故会館が竣工。

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江戸時代の国学者、塙保己一没後100年祭が同年9月、生まれ故郷の埼玉県児玉郡と墓所の愛染院(四谷)で開催の報道がなされました。塙保己一温故学会は、埼玉出身の実業家渋沢栄一を発起人に、国学院大学学長の芳賀弥一、宮中顧問官の井上通泰を中心に運営され、1927(昭和2)に温故会館(現在の塙保己一史料館)が竣工しました。

塙保己一は1746(延享3)年、武州児玉郡保木野村(現在の埼玉県本庄市児玉町保木野)で誕生いたしました。幼少から病弱でしたが、5歳のときに胃腸病により目が弱り、7歳の春には完全に失明しました。15歳で江戸に出て、按摩や鍼、また音曲などの修業をしましたが上達せず、学問を志すようになりました。古書が散逸しないよう収集につとめ長大な叢書『群書類従』および『続群書類従』の編纂した。古代から江戸時代初期までに成立した多くの史書や文学作品など計1273種を収めて木版で刊行した。

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