見出し画像

私のライオン(即興小説トレーニング)

 円形闘技場の中にライオンが入場し、観客が喝采する。
ライオンは中心に立つ棒に縛られた私を見た。大きな瞳だ。私は彼に微笑みかけた。
 何も恐ろしくはなかった。彼が私に危害を加えないのが分かるからだ。
 私は幼い頃から動物の気持ちが分かり、言うことを聞かせる事ができた。大人たちに訝しまれたため、やがてそれを隠すようになったが。私からすれば、動物の心さえわからない彼らのほうが変に思えた。誰も同じ感覚を共有できるものがいなかった。
 けれど今わかった。私の力と孤独は恐らく、この日のためにあったのだ。
 ライオンが私に近づき、顔を舐めた。観客は驚く。
 「私を自由にして」
 お願いすると、ライオンは鋭い牙で私を縛っていた縄を易々と解く。そして私を背に乗せ、闘技場の出口へと突進し、突き破った。
 魔女、と叫び声が聞こえる。観客が怯え、剣を構えた兵士達がやって来る。誰が魔女だ、と思う。今まで誰も傷つけずに生きてきたのに、裏切ったのはそちら側ではないか。
 「遠く行こう。邪魔する奴は噛み殺してしまえ」
 私は私のライオンの背に顔を埋め、こぼれそうになる涙を彼らから隠した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?