ヒーローと交渉

路地裏のゴミ箱の横で、背広の男と男子高校生が会話している。
嬉しげに手を揉んでいる男は糊のきいた背広を身にまとい、手には汚れ一つない白手袋。清潔過ぎて逆に胡散臭い。
どこから見ても普通の高校生はひたすらスマホを弄っている。
「あなたには生まれ持った才能があります。最新式のDNA検査で、それが分かりました。その気になれば空も飛べる、姿を消せる、ビームや必殺パンチを繰り出せる。その他、諸々。どうかその力を世の為人の為に使い、突如現れた宇宙からの星人らを倒すヒーローになりませんか」
「いつの間にそんな検査したの」
「近年、全国の定期健康診断時、DNA検査も秘密裏に行う事になりましたので。毛髪一本採取されたでしょ?」
高校生はスマホの画面を指で連打する。
「だから嫌だって。何回断ればいいの」
ゲームで何かの特典が出たようで、陽気なラッパの音が聞こえた。
「お嫌でしょうか。身近な人々も守れますし、授業中に召集があったりすると『くっ……こんな時に』などの台詞がリアルで使えますよ」                        
「興味ない。人助けなんか一文の金にもなんないし、それに」
高校生は男を見ようともしない。
「俺ん家、借金苦で金ないし、兄弟多いし。俺高二だし。分かる?バイトして家に金入れて、勉強もしなきゃで。学生は忙しいんだよ。そんなのに時間と労力使ってたら、俺の将来も今の生活もパアな訳だよ」
「そういう事でしたら!」
男は音を立てて両手を合わせた。
「お給料出ます」
「へえ。幾ら」
「そうですね。貴方は未成年なので、金銭の管理はご両親にお任せした方がいいと思うのですが」
高校生の問いに男は鞄からタブレットを取り出して電卓を叩き、画面を見せた。
「事案によって変動がありますが、星人一体につきこれくらい」
高校生はやっと男の方を横目で見、目を細めて画面を睨んだ。
「桁おかしくない?」
「おかしくないです」
男は更に電卓を叩く。
「先輩ヒーローの一例だと、年収はこれくらい」
高校生は口を開け、持っていたスマホを落とした。画面に罅が入る。
「まじで」
「まじです。今落としたスマホの画面だって軽々直せちゃう。何なら格安スマホから機種変も出来ちゃう。アルバイトの平均時給とは比べ物にならない事はお分かりですね」
「保険適応外の親父の手術代、出せんじゃん…」
高校生が目を輝かせて思わず呟くと、男は白いハンカチで自分の目から流れた涙を拭った。ハンカチの陰から目薬の容器のようなものが見えた。
「いいお話ですね!」
高校生は深く息を吐き、落としたスマホを拾い、ゲーム画面を閉じた。
「やるよ」
高校生のその言葉を聞いた途端、男は一瞬目を狼のように光らせ、鞄から素早く書類を取り出した。
「ではこの誓約書をご自宅にお持ちください。未成年ですので親権者の署名捺印を頂き、書類をご返送下さい」
「結構しっかりしてるんだ……あんたの外見はなんか胡散臭いのに」
「政府お抱えですので」
こうして男子高校生のヒーローライフは始まったのだった。

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