意外!それは投資(即興小説トレーニング)

 私は彼氏と別れた事を口実に、仕事をやめ、酒を浴びるように飲み始めた。引き篭もって、酒を買うために徒歩十秒のコンビニにだけ出かける毎日。
 本当は大好きな酒だったが、彼は酒好きな女より酒に弱く、他にも全体的に弱い守ってあげたい系の女の子が好きだったのでそれを演じていたけど、我慢する必要はもうなかった。振られたから結局無駄だったし。
「最近水代わりに飲むんだよね」
ある日泊まりに来た友達に、飲み干した大量の酒瓶を見せた。オブジェのようなそれを目の前にして、唖然とする友達を見て少し嬉しかった。誰かに心配して欲しかったのかも知れない。けれど友達の口からは意外な言葉が出た。
「安酒ばっかり飲んでんじゃん……」
「え?」
友達が持ってきた大きなバッグを机の上に乱暴に置くと、大量の割れ物がぶつかる音がして、中から様々な種類の酒が現れた。
「勿体ない。世の中には色んな酒があんのよ!飲み損だよ!」
 その夜は友達からワイン、日本酒、焼酎、ビールと、あらゆる種類の酒を飲まされ、味や歴史についてレクチャーを受けた。
 「酒って面白いんだね……」
 そう私が呟くと、友達はにやりと笑った。あんた凝り性だからね。私よりハマると思うよ。元彼の時もそれでストレス溜まっちゃったんだからと。そしていつも以上に飲んで二人で盛大に吐いた。
 それから私は色々な酒を飲むようになった。北は北海道から南は沖縄までの酒をネットで買い、ネットにないものは取り扱っている酒屋や飲み屋まで自分の足で出かけた。うまい酒を求めて海外にも行くようになり、酒についてブログを書くようになり、アクセス数が少しずつ増えていった。やがてyoutubeチャンネルも開設し、日々の晩酌風景を蘊蓄付きで上げ、登録者数は千人をあっという間に越えた。酒愛あふれる私の活動に、著名な酒蔵やワイナリーから招待のお声かけを頂く事が増えた。
 そんな調子で無職で自暴自棄になっていた私は、ありがたい事に収入を得る事ができた。今日も酒がうまい。
 元彼に合わせ酒を我慢して、反動で飲みまくっていた日々。そのやり場のないエネルギーをあるべき場所に導いてくれた友達には、感謝しかない。
 「辛い日々も、思えばここに辿り着くための投資だったのかも知れないね」
 そう思えば、元彼にすら感謝を覚えるのだった。

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