泣きつくした後、やっとひとり歌い始めたみたいな彼女たちの歌声
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泣きつくした後、やっとひとり歌い始めたみたいな彼女たちの歌声

星友

不安でもおなかはすくし、窓辺には朝が来て、洗濯物ももうじき乾く。この時期の季節の変わり目は、春のパンまつりの陽気とは裏腹に、個人的にはアレルギー反応まつりで肌がいつも以上に揺らぐ闘いの日々として過ぎ行く。いっぬも喜び庭駆け回るテンションを心の隅の方だけには設けておきたいけれど、気がつくと愉快さの成分さえ忘れてよく分からない生命体、拗らせ妖怪人間ベム化へ進捗し続け哀しい。
桜がきれいで本当に良かった。

幼少期、私は本当に呆れる位に毎日泣いていた。5歳上の兄に見栄をはり、戦いを挑み続けては敗北し、それはもう純粋に自分の弱さを悔しがり、この世の終わりの如く、夕焼けと共に悲しみに暮れていた。あんなに自分の為だけに涙し、おままごと的カタルシスを拵えて情緒を解放し浄化を行えた日々よ。きっと健やかで幸福だったんだろう。そして、どんな家庭にもよくあるできごとを境に、初めて同仕様も出来ない不穏さと対面して私は変化した。誰にも頼まれていないのにスマイルを準備し笑い続けていた。

言葉に出来ないちぐはぐさにドギマギして景色が傾いて見える感覚が常につきまといソワソワが消えなかったあの頃。「天空の城ラピュタ」の"君をのせて"を誰もいない帰り道、大きな声で歌い上げる時だけ気持ちがスーッとすることに気がついてから、時を経て曲は変われど、誰に聞かせるわけでもなくひとり本気で歌う時間は、心にフワッと隙間風が吹く憩いとなっていた。そんな時に寄り添ってくれたのは、中でも(とても私的感覚だけど)泣きつくした後に女の子がそっとひとり歌い始めたみたいな、ふくれっ面が似合うような、儚くも強がりで優しい女性歌手の曲。

そんな習性は年齢と共に少しホラー味を帯びてくるのが心苦しい現実だ。昔キュンとした筈の曲は次第にこっ恥ずかしさの壁を乗り越えられなくなる。現在は自ら歌うのはしのびなくて、只々神妙に聴くに徹し、それでも収まらない気持ちの際は、大好きなとっておきの映画を観るに至る。

はるかに広がるムーン・リバー
いつか貴方を渡ってみせる
夢を与えるのも貴方
砕くのも貴方
私は貴方のあとについて行くわ
2人の流れ者が世界を見に旅立った
見たい物が沢山あるの
追い求めるのは同じ虹の向う
虹の上で待ち合わせしましょう
ムーン・リバーと私
─────映画「ティファニーで朝食を」より

片田舎生まれの主人公は、婚約者から逃げ故郷も捨ててニューヨークの街で暮らしている。何が目的で、何を得るために?悪女とも評される彼女の部屋は、身に纏うドレスとは違い質素で、迷い込んだ茶虎猫を相棒にパーティーの後のような寂しさが漂う。劇中、アパートの窓辺でこの映画、そしてオードリー・ヘップバーンの歌える音域に合わせて作られた楽曲「ムーン・リバー」を歌うシーンがある。色々な翻訳バージョンがあるけれど、この1961年公開の訳がとても好きだ。スウェットで無造作に髪をまとめた姿の彼女は本当に夢みたいな瞳で美しく甘やかに歌う。

何が言いたいかというと、何でもないけれど、
二階堂和美さんのアルバム「にじみ」の中の「Blue Moon」を聴いて気持ちが昂ぶってしまったという話。

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星友
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