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2 ちょうど話したいことがあったから 赤塚高仁→山元加津子

かっこちゃん
  お手紙ありがとう。

ちょうど僕も話したいことがたくさんあって、
手紙を書きたいと思っていたから、手紙をもらってとても嬉しい。
だって、
それは、最初の一枚を書くほうが、返事を書くより・・・ほんの少しチカラが必要だとおもうから。
かっこちゃんが書いてくれたから返事が書ける。
ありがとう。

宮プーは、かっこちゃんがイスラエルから帰るのを待っていたのだと思います。
誰かを待つというのは、生きる力になります。
宮プーは、かっこちゃんを待つことで自分の力を湧きあがらせていたように思えます。
ずっと昔、倒れる前、雪に埋もれたかっこちゃんの車を搔き出して、かっこちゃんを待っていた時も、倒れた後も病院にかよっていたかっこちゃんが部屋に来てくれるのを待っていた時も、コロナでかっこちゃんが思うように訪ねていけなくなった時も、宮プーは、かっこちゃんを待っていました。

かっこちゃんに会える。

それが宮プーの希望だったに違いありません。
もう一度かっこちゃんに会いたい。
宮プーは、希望のままこの世を旅立ちました。

宮プーは、天晴な男の中のおとこだと、僕は思います。

宮プーは、強い人でした。

僕が行くと、必ず笑ってくれました。

アニメの歌を歌うと、大げさに首を振って笑ってくれました。

宮プーの笑い顔を見ながら、僕も何度も泣けてきました。

こんなに強い人を見たことがなかったからです。
どんなときにも「ぼくはしあわせだ」と言う宮プーでした。

宮プーが倒れて5年経った時、チーム宮プーが結成され、石川県から自動車でうちのログにやってきてくれましたね。
一緒に泊まって、伊勢神宮に行きました。
中山靖雄先生がとても喜んでくださいました。
宮プーが倒れた時、亡くなるのも運命だよと言った中山先生にかっこちゃんは、「いいえ、宮プーは死にません、助かります」と強く言いました。
かっこちゃんがあんな風に中山先生に言うなんてビックリしましたが、「イスラエルする」かっこちゃんの無敵を知っていますから、僕は黙っていました。

宮プーと会った中山先生は宮プーの手を握り、泣いておられました。
今度は、そんな中山先生を見たことがなかったので、僕は黙っていました。

かっこちゃん、僕が宮プーからもらった宝物。
あの日ログを訪ねてくれた宮プーがくれた「祈り」と書かれた額。
宮プーの手に筆ペンを括り付けて長い時間かけて書いてくれた二つの文字。
「祈り」
かっこちゃん、いまでも僕の家の中でいつも見えるところに飾ってあるよ。
宮プーが天に還ったあとも、彼が生きた証として僕のそばにある。
ずっと大事にするよ。

かっこちゃん、このたび16年の時を隔てて一緒に行ったイスラエル。
新しい文通は、旅の話と、旅で気づかされたいくつもの事がらを話そうよ。
そう、話したいことがたくさんあるのさ。

今回の手紙では、あの旅に出る少し前の話をしようと思うのです。

僕は前日から東京に行きました。
東京で友人の還暦祝いのパーティーに出席するためでした。
出発が一日早ければその席には出られなかったわけで、嬉しいひと時でした。

大きな会場には、さまざまな業界からたくさんの人が参加されていました。
日本中誰もが知っているような歌手の挨拶や、僕も大好きな作家のスピーチなど、それはそれは夢のように豪華な時間でした。
 友人のご主人が、びっくりさせるために舞台でピアノ演奏をされました。
演奏の後、こんなスピーチをされました。

「いまの私があるのは、妻のおかげです。
 どんなに苦しい時も彼女の笑顔が支えでした。
 心から感謝しています。
 これからもずっとどうぞよろしく。」

会場から割れんばかりの拍手が送られ、僕の友だちもちょっと恥ずかしそうに微笑み、目が少し潤んでいるように見えました。

彼女のご主人は、僕の席にもやってきてくださって、
「妻がいつもお世話になって、ありがとうございます。
 これからもどうかよろしくお願いいたします。」と、握手をしたのでした。

かっこちゃん、その友だちに誘われて「桜を見る会」に出かけたり、僕が教育勅語の本を書いた時に森友問題で僕の名前まで彼女と並べて週刊誌に書かれたり、さまざまな経験をさせてもらったよ。
今となっては笑える話だね。

かっこちゃん、僕はそんな友達夫婦が大好きだったのです。
ご主人は政治家で、責任の重い立場を背負っておられましたが、奥さんの前では素顔でいられたのでしょうね。
彼女は、どんな相手にも真っすぐ心から話す人です。
たとえそれが、学生であっても他国の大統領であっても。
ときどき、かっこちゃんに似てると思ったものです。

かっこちゃん、いま僕は講演のために、沖縄に飛ぶ空の上です。
機内での画面にはニュースが流されています。
世界の首脳が、日本の元首相への追悼の言葉が届けられています。

かっこちゃん、イスラエルへ出発する前日にあんなにニコニコしてピアノを弾いて、僕と握手をした友だちのご主人が変わり果てた姿で黒い車に乗って自宅に帰ってくる映像が流れた。
車の助手席に僕の友だちが座っている。

かっこちゃん、一体何が起きたの。
みんなのために命を懸けて仕事をし、自分の国がよくなるために人生を捧げた人が白昼多くの人の目の前で撃たれて殺されるなんて。

かっこちゃん、僕は無力だ。
かける言葉がないよ。

どんな言葉も届かない哀しみがある。
そんなとき、僕は祈る。

宮プーが書き残してくれた「祈り」の文字が僕に力をくれる。

かっこちゃん、イスラエルではイエスのことをたくさん話したね。
イエスと弟子たちの話もした。
旧約聖書の神様は、怒りんぼだとかっこちゃんは言った。
 
「振り向いたくらいで塩の柱にせんでもええやろ」

「子どもを生贄にせよなんて、人を試さんでもええやろ」

そのたび、僕は笑いました。

僕が知ってることなんか何の役にも立たない。
でも、かっこちゃんが感じることには本当の匂いがする。

前回かっこちゃんと旅したイスラエルでの対話で、僕は変わりました。
宗教の枠を超えるきっかけをもらえたから。

神の愛は、無条件。
だから、信じる者は救われる・・・信じなければ救われないのなら、それは神の愛ではない。
信じても、信じなくても、神は一方的に僕たちを愛してくれる。

かっこちゃん、それに気づかせてくれてありがとう。

今回の旅は、実際の参加者29名。
ドライバーのワリードさん、ガイドのくにこさん、アシスタントの平和君。
そして、もうひとつの席には、バラさんが座っていてくれましたね。
行く先々で、奇跡の連続でした。
初めてイスラエルを訪ねた人にとってはそんなものだと思われたかもしれませんが、
34年間32回目の僕にとっては、叫びだしたくなるほどの驚異の世界でした。
ガリラヤ湖畔での聖書講義の時間とか・・・

見えない巨きなチカラがはたらいて、僕たちを導いていてくれているとしか思えませんでした。

かっこちゃん、まだ心の整理がつかないし、人前で講演する気持ちになれないけれど、

「すべては、いつかの、いい日のためにある」

かっこちゃんの言葉を支えに願晴ります。

元総理、宮プー、バラさん、村上先生、糸川先生・・・イエス
先に天に還って行かれた先人を心に生かすことが、今を生きる僕たちの役目だ。

かっこちゃんは高知だね。

伝えてゆこう、本当のことを。

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この記事は、「魔法の文通」の続きです。

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