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「この痛みは誰にも分からない」2023年11月22日の日記

朝起きると、喉が痛かった。熱があるわけでは無いが、この痛みが1日中付き纏っていた。
弟が最近ずっと咳をしているから、もしかしたらうつされたのかもしれない。後で文句を言いに行こうかしら。多分俺のせいじゃないと言われるだろうけど。
私の家は人同士の距離感が物理的に近い(住んでいる家の広さに対して人が多い)ので、ウイルスが伝播しやすい環境にはなっている。寝ている部屋も弟と同じだし。ちなみに、母親も同じ部屋で寝ていて、兄が家にいる時は兄も同じ部屋で寝ている。おそらく私の家はかなり変な家庭です。

のど飴を探したのだが、のど黒飴しか見つからなかった。龍角散の飴がよく効くらしく母親がいつも持ち歩いているが、母親は出かけていた。いつも持ち歩いているせいで母親が家にいない時には貰えないというデメリットがあり、仕方なくのど黒飴を舐めた。


昼を食べて少しして外に出かけた。歩いて30分くらい先にある書店にでも行ってみることに。私は定期的に書店に行って売れている本を確認している。売れている本は面白い確率が高いので。


齊藤彩『母という呪縛 娘という牢獄』を読んだ。

何やら話題になっているのは知っていたのだがどういうものかは全く知らず、この動画を見て読んでみようと思って読んだが、物凄く壮絶なものだった。でも、読む価値の大いにある本だと思う。

私は親と子の関係性、それもその歪さに強い関心があるのだが、こういうのを読むとやはり親子や家族関係の閉鎖空間がいかに恐ろしいものであるかを実感する。私は血縁関係なんてもっと希薄なもので良いと思ってるのだが、こういう事件が実際に起こっているのを見ると、そして、この事件を起こした人物に共感する人の多さを見ると、その思いはより強まった。

家族という集団が閉鎖的になっていて、親の問題行動が公になり辛いのも、子供側が積極的に隠そうとしてしまうからだ。子供側の視点からすれば、親がどれだけおかしくて酷い人間でも、「これまで育ててくれた」「学費を出してくれた」「世話してくれた」という「恩」が付き纏うわけで、なかなか公にしようとは思えない。やはり社会の支えであったり、周りの大人たちの目が必要なのだが、地域の関わりが減っている中で大人たちの目がなかなか行き届かない現実もある。「親が自分を育ててくれるのは当たり前のことで、親は自分のために最大限の努力をするべきである」くらいに思えれば幾分か楽だけれど、実際そういう風に思える人も少ない。

いやでも、「親に恩を感じるべきなのか」「親に感謝をする必要はあるか」という部分についてはちゃんと考えた方がいい気がする。この辺りはもう少しまとまったら日記に書こうかな。


帰りに昨日猫がいた場所を通ると、昨日いたのと同じ猫がいた。私の方を見てミャーミャーと可愛らしく鳴いていて、仲良くなりたくなった。でも、仲良くなるためには餌がいるのだ.....。

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