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遠野遥「浮遊」感想

少し前に、遠野遥「教育」の感想を書いたら意外と多くの人に見てもらえて驚いている。あれを書いた時はあんまり他人に見せる用に書いたつもりもなくて、読み返すと今思っていることとは全然違うことを言ってたりするので少し恥ずかしい。
今回はその遠野遥の4作目である「浮遊」の感想について書いていきたいと思う。
まだそこまで読み込めてないので、箇条書きのメモを少しまとめた程度のものだが、良かったら読んでね。


・「浮遊」というタイトルにもあるように、全体的にふわふわとしていて、最後もこれで終わりか、という感じが強かった。遠野遥は基本的に最後に大きな展開があるから、これからというところで終わるのは意外だった。

・これまでの遠野遥作品に共通しているような、ルールや権力に忠実で自分の意思をはっきりと持たない人間性は今作品でも描かれていた。そのせいか、遠野作品には警察が毎回のように出てくる気がする。
あと、追いかけられる描写も毎回描かれているような気がする。今回は精神疾患(?)の女性の1人語りで出てきた。この急に始まる長い1人語りもこれまでの作品の中でもたくさん出てきていて面白い。

・主人公のふうかは自分の体を上手く操ることができないということがダンスのところでも描かれていた。これも自分の意思を持っていないみたいなところと繋がる。
自分の心や体が自分のものでないかのような感覚であるが故に、周りのコントロール下に置かれても何も疑問に思わない。
手を洗うところとかも、一緒に暮らしている人の真似をすることは普段の生活でもあるが、この小説内でそれを描くのはまた意味が違ってくる気がする。

・「今考えていることは大人になれば変わるだろうから、大人になってから考えればいいと思う。」

というところは特に意思を持っていないというのが分かりやすく描かれているところだと思う。考えるのを放棄するような描写もよくある。

・前作の「教育」でも思ったけど、遠野遥の作品の登場人物は本人が割と充実しているように見えるのが面白いんだよな。不自然な結果に対して何とも思っていないというか。自我があるようでないみたいな歪な思考をすることが多くて、そこが面白くて少し怖い。

・自分の意思が管理されている状態をどこか心地良い(不自由ではない)と思っていて、その状態がしばらく続いたあと、急に落とし穴に落ちていくみたいな展開が多い。
今回は、最後の場面においてもふうかが事態を全く理解していない。落とし穴に落ちていることにすら気がついていない。


・中心にホラーゲームがあるのもあって、日常のふとした描写が奇妙に見える瞬間があった。遠野遥の無機質で淡々とした文章はホラーゲームによく合うなというのを思った。

また、この作品内では、ホラーゲームの「彼女」と意思を持たない「ふうか」の姿が重なるように作られているというのを感じた。
ゲームの中では、自由に動けるように見えてそうではない。小説内では、黒田という男に全て誘導されているような印象を受けたし、実際他のゲームでも、プレイヤーは自由に楽しく遊んでいるつもりでも、そのゲームの中で決められたルールがあって、それ以外の行動はできないようになっている。
そういうのが、一見楽しそうに暮らしているようで意思を持たず、周りに支配されるふうかの姿と重なっている。

・蝋燭は震災の時に使えるように買ったはずなのに、ホラーゲームをする際に一度使われてから(しかもその時に使った動機が、震災になって使い方がわからなかったら困るからというものだった。)は毎回使われているのが不思議だったし、そこに対して何も説明されていないのがまた面白いと思った。当たり前みたいにふうかは蝋燭をホラーゲームの時に使うようになっている。蝋燭を使った時の動機を完全に忘れていて、ホラーゲームには蝋燭を使うという動きがプログラミングされている感じがして怖い。

・暴力描写、性描写などが無いのは初めてじゃないかな。私は遠野遥の性描写のおかしさとか、暴力描写が割と好きだったからそこはちょっと残念。

・「肉の欠片をティッシュに包み、ゴミ箱に捨てた。ゴミ箱に捨てたということはつまり、さっきまでは私のからだの一部だったものが、この短時間のうちにゴミに変わったということだ。どうしてそんなことが起こるのだろう。どこか腑に落ちなかった。」

・「人間のからだのうち、本体から離れてしまったものはゴミになるのだろうか。役割を果たせなくなってしまったからゴミになったということだろうか。」

この辺りの文章は遠野遥らしいと思ったし、私自身好きだと思った文章。肉体の感覚に敏感なのかな。毛の描写は「破局」でも確か陰毛の描写とかで出てきていたような。


・家族関係に触れられていたのも珍しいな。
これまでの小説だと、親子関係はほとんど書かれないことが多かった。主人公は基本的に1人暮らしだったし、家族の生活は描かれたことがなかった。それゆえにひっそりとした孤独感とか、特有の気持ち悪さがあったのだが、今回は一応父親の姿が描かれていたから少しマイルドになっていた印象。

・「当時の私は、母親に構ってもらいたいという気持ちもあったけれど、それ以上に母親には子供を無視するような人間でいてほしくないと思っていた。私の母親は優しく愛情に溢れた母親のはずだ。そう思っていたかった。だからなるべく話しかけないように努力していた。私が話しかけなければ、母親も私を無視せずに済んだ。」

こういうズレた思考は面白いようでいて、怖さも含んでいる。好きな文章。


・どこかのインタビューかエッセイかで、昔「浮遊」という作品を応募して落選したみたいなことを話されていたので、これはそれを元にリメイクした感じなのかなと勝手に思っているのだが、おそらく随分変わっていると思う。かなり大衆受けに寄った(それでも全然大衆受けではないけれど。笑)作品になっているんじゃないかと予想。尖りを消した感じは伝わってきた。

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