祖母と爪切り

母親が手が離せないと言ったから、私が祖母の爪を切ることになった。
祖母はパーキンソン病と言われる病に罹っている。私は詳しいことは分からないが、祖母が自分では爪が切れないくらい手が震えてしまうということをその時に初めて知った。そして、普段も自分ではない誰かに爪を切ってもらっていることも、初めて知った。


祖母の部屋に入ると、尿の臭いが鼻をついた。爪切りがどこにあるか聞くと、祖母は震える手で部屋の奥の小さな棚を指した。
私は棚から爪切りを取り出すと、そっと祖母の手を取った。祖母の手は、柔らかく、鶏肉のような感触だった。私の手と比べるとあまりにも小さく、それでいて皺だらけだったから、手が縮んでいるようにも見えた。
人の爪を切るのは初めてのことだったから、少し緊張した。丁寧にぱちり、ぱちりと爪を切っていく。下に敷いた広告紙に白い欠片が少しずつ落ちていく。三日月型の爪は切るたびに少しずつ歪んでいき、歪みを補うようにして出っ張っている部分をまた丁寧に切った。最後にやすりで削ると、伸びていた爪の白い部分が細くなり、綺麗な三日月になった。

祖母は綺麗になった爪を嬉しそうに私に見せた。ありがとうと言っているのが聞こえた。


祖母が死んだ後のことを考える。何も変わらないのだという予想がつく。世界も、私自身の毎日にも、ほとんど変化はないだろう。それが私にはあまりにも残酷で、冷たいものに感じられる。ヒヤリとした冷たい感覚が背筋を這うのが分かった。現実に目を背けたくなった。


これを書いている今も、まだ祖母の爪はまだ伸び続けている。
いつか祖母の爪が伸びなくなる日が来るだろう。その時、最後に祖母の爪を切るのは誰なのだろうと思った。そして、多分私ではないのだろうとも思った。

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