「競歩っていつ始めようと思うんだ」2024年8月5日の日記

蝉の声が銃弾なのだとしたら、僕は間違いなく穴だらけになっていただろう。


あまりよく眠れなかった。2時間ごとに目を覚まして、物凄い眠気の中、何度も時計を確認しては「まだ起きる時間ではない」と安堵した。いくつかの夢を連続してみたが、どれも記憶には残っていない。なぜか「とらドラ!」の夢を見たのは覚えている。


今日から五連勤となり、五連勤が終わったあとはお盆休みとして六連休が与えられている。ひゃっほいという感じで飛び上がりたいのだが、まだ五連勤の一勤務目ということで先は長い。
私の日記を毎日読んでいる方はご存知の通りかもしれないのですが、私は土日が休みというわけではなく、2日働いて1日休み、3日働いて1日休みという流れになっている。シフト制なのでその辺りも結構自分で決めれたりするのだが、身体を使う仕事なので、基本的にはそんな感じのルーティーンだ。


同乗した人とオリンピックの話になり、「競歩」はどのタイミングで始めるんだろうという話をした。どうやって生きてきたら競歩の選手になろうと思うんだろう。競歩の選手はそれなりに競歩のことが好きなのだと思うが、競歩に憧れるタイミングっていつ来るんだろう。マラソン選手が諦めて競歩選手を目指したりするんだろうか。「自分には競歩が向いてる!」と思うタイミングがあったりするんだろうか。もし私が陸上部にいて、いきなり「よし、お前は明日から競歩の選手だ」と言われたら絶望すると思う。それにしても不思議な競技だ。競技自体も不思議だし、それをやる選手というのも不思議だ。なんなんだ、競歩。

オリンピックと言えば、男子サッカーのオフサイドの件については長年サッカーをやってきた身としては触れておきたいところだ。
オフサイドは確か数年前にルールが変わっていて、身体の一部(ハンドになる部分は除く)が少しでも出ていればオフサイドになるという厳しいものになっていた。しかも、今はVARでチェックが入るから、目視で確認していた時代に比べて遥かにオフサイドの判定は厳しくなっている。完全に背負っている形でも踵が少しでも出ていれば、ルール上はオフサイドなのだ。だから、あれを「オフサイドではない」と言っている人は完全に間違っている。
ただ、そのルールで良いのかという点に関しては議論する余地がある。元々オフサイドは、相手のゴール前に待ち伏せするような戦術を防ぐためにできたもので、それを完全に背負っている選手に適応してしまうのはどうなんだ、という問題点がある。技術の進歩で誤審はかなり少なくなっているが、その分マリーシアができなくなっているのは少しつまらなくなっているなと感じる部分もある。わざとファールを貰いにいったり、ペナルティーエリア内で相手に倒されたように見せるプレーも、サッカーの醍醐味の一つだと私は思っているので、綺麗になっているなと。

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