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『世界でいちばん幸せな男』      

                          エディ・ジェイク


暴力の始まり


ある早朝、何年かぶりに実家に戻り一人留守宅で寝ていたら
ナチスの突撃隊が押し入ってきた
自分は暴行され、止めようとした愛犬は目の前で刺し殺された

これが、ドイツの中流家庭で生まれた18歳のエディの
ユダヤ人ゆえに受けた暴力の始まりだった。

父はこんな日が来ることを予感して
エディを家から遠くの工業技術専門学校に送った
13歳から親元を離し、ユダヤ人であることを隠していたが
緊迫した情勢を知らずに実家に帰ったところを見つかってしまう。


アウシュヴィッツへ


ドイツの収容所から解放されたのは
父が身に付けさせた機械技術のおかげだった
その技術をドイツに捧げることを条件に解放されたが
言われた場所には行かず、周辺国に逃げ惑う生活に突入する。
家族と離散してはまた合流したが
とうとうポーランドにあるアウシュヴィッツに一家4人が送られる
ここでの2年間の生活は、強制労働と暴力の連続だった

むちで7回打たれ
軍靴の先で尻を蹴り上げられ
殴打で耳の鼓膜を破られたり
銃床で顔を殴られたり

そのたびに、長引く痛みに苦しみ
耐え切れず夜通し歩き回る日が続き
頭痛は数カ月にも及んだという
包帯も薬もない
何という肉体の苦しみだろう。

心に受けた苦しみは
侮辱や死への恐怖心だ
零下8度でも、マットのない木の板の上に裸で寝かされ
兵士の気まぐれで簡単に暴力に遭う
ミスをしたら絞首刑と書かれた札を首にかけられての労働
体力が弱り道路で倒れたら撃ち殺されるだけだった

そして、毎日のように死を身近に見ることのつらさ
寒さで凍死する者がいる
自ら電線をつかみに行って自害する者がいる
自ら選ばずとも、粗食と重労働でたいていの人は半年ほどで死ぬ

極めつけは、愛する両親がガス室に送られたと知らされたことだろう。



なぜ生還できたのか


そんな中で、感染症を患い、黄疸になったり
太ももに被弾しながらも
地獄を生き抜いたエディ

三度ガス室に送られ、すんでのところで命拾いをしたエディ
どこで亡くなっても不思議ではなかった
弱った心は自殺を願った

彼を支えたものは、いったい何だったのだろう

それを考え、見つけながら本書を読むのは大きな楽しみだ
それはそのまま、現代を生きるヒントにもつながっていくから。


誰にも勧められる本


人の残忍さに遭い、地獄を見てきたはずの彼が
優しく、美しく、暖かいものの存在を力強く語ってくれる
読む者への配慮なのか
向き合いたくない感情があるからなのか
恨み節にならない読み口の良さがある


はらはら、ドキドキの場面は間断なく押し寄せるので
手にしたら一気に引き込まれる
付箋をしながら読んで
そこを読み返したら書きとどめずにはおれなくなり
最後は写経のように抜き書きした箇所は何十とあった。


エディさん、生きていてくれてありがとう

長生きしてくれてありがとう
語れなかった多くの人の代わりに
過去への扉を開けてくれてありがとう

これらの言葉をずっと大切にしていきます。

                      2021.12.06


創作の芽に水をやり、光を注ぐ、花を咲かせ、実を育てるまでの日々は楽しいことばかりではありません。読者がたった1人であっても書き続ける強さを学びながら、たった一つの言葉に勇気づけられ、また前を向いて歩き出すのが私たち物書きびとです。