見出し画像

egg(51)

 
第二十五章
 
ガチャガチャ。ガチャガチャ。
夫の隆治にお金を渡して、意気揚々と戻ってきた高藤恵美は、ドアノブを何度かひねって、首をかしげた。
「開かないわねえ……」
娘の由美の部屋に鍵はついていない。ノブをひねって押せば開くドアだから、開き方を間違えているわけではない。それに由美がいつも履いている靴が玄関にあるから、本人は部屋にいるはずだ。
―ドアが故障したのかしら?―
コンコン! とドアをノックして恵美が声をかける。
「由美、ただいま。今帰ったわよ。ドアを開けてちょうだい。立て付けが悪くなったみたいで、こっちからだと開かないわ」
コンコン! コンコン!
何度かドアを叩いたが由美から返事はこなかった。
「他の部屋にいるのかしら?」
リビング、キッチン、寝室、客間、風呂場、トイレ、庭にガレージとぐるぐる探し回ってみたが、飼い犬のシュヴァルツ2世が嬉しそうにじゃれついてくるだけで、由美の姿はどこにもなかった。
「おかしいわねえ……」
そう思って、ふとシュヴァルツ2世の餌袋を見ると、袋が開けっ放しになっている。
「由美ったら……やっぱりいるんじゃない」
袋の口をきちんと締め直すと、恵美は2階に上がって、もう一度由美の部屋のドアを開けようとした。だが、やはり開かない。
「由美! 中にいるんでしょ? 話があるからここを開けてちょうだい!」
ドアをコンコンコン!とせわしなく叩いて、大きな声を出したが、部屋の中からは物音ひとつしない。
「寝てるのかしら?」
毎晩深夜までコンビニでバイトをしている娘のことだ。きっと疲れて寝ているのだろうと思い、恵美はキッチンで夕飯の支度をすることにした。
 
1時間後、夕飯をテーブルに並べ終わったが、娘が降りてくる気配はなかった。
「そろそろ目を覚ましたかしら?」
コンコン!
「由美、ご飯ができたわよ。下に降りてらっしゃい!」
しんとした部屋に人の気配は感じられない。恵美は段々不安になってきた。
ドンドンドン!
「由美? ねえ、大丈夫なの? 返事をして!!」
ドアノブをひねって、力いっぱい扉を押したが、やはりびくともしない。
―まさか、死んでたりしないわよね!?―
焦った恵美は、ドアに力任せに体当たりした。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
しかし扉はびくりともしなかった。パニックになりかかった恵美は、ドアに向かって叫んだ。
「由美! ねえ、大丈夫? 動けないの? 今警察を呼ぶから、待ってるのよ!」
そう言って階段を駆け下りようとしたとき、由美の声が聞こえてきた。
「警察になんて連絡しないで! 私は大丈夫だから!」
「由美!!」
恵美はほっとしてドアにすがりついた。
「ああよかった。中で死んじゃったのかもって心配していたの! もうご飯の時間よ。ドアを開けなさい」
「嫌!」
予想もつかない由美の返事に、恵美はうろたえた。
「嫌って何? おなかは空かないの?」
再び沈黙が訪れる。さっきまでと違う不安感に襲われて、恵美はもう一度由美に話しかけた。
「由美、ここを開けて! 一体何があったの? 私に教えてちょうだい!!」
しかし、由美はもう返事をしなかった。訳が分からず当惑した恵美は、隣の部屋のドアを開けた。
ここは14年前に家出をした、息子の哲治の部屋だった。いつか戻ってくるかもしれないと思ってそのままにしていたが、最近は増えた荷物を仮置きして、物置のようになっている。この部屋と由美の部屋はベランダで地続きになっているから、窓から様子がわかるだろう、と恵美は考えたのだ。
 
「え? 何これ……」
由美の部屋の窓を見て、恵美は硬直した。
大きくて開放感のある掃き出し窓の内側が、上から下までびっしりと木材で埋め尽くされていたのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?