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egg(61)

 
第三十五章
 
部屋の中にいる妹の高藤由美が泣きじゃくる声を聞きながら、あたしこと哲治は温かい気持ちになっていた。
「気が済むまで、泣くといいよ」
とびらの向こうにいる由美にあたしは優しい声で話しかけた。
「ずっと付き合うから」
 
1時間も経った頃、ようやく由美が泣き止んだ。
「ありがとう……。もう平気」
かすれた声で話す由美に、あたしは言った。
「あたしがここを逃げ出したあとも、由美はずっとずっとあの人たちのわがままに振り回されてきたんだね。本当にお疲れ様」
ぐすんと鼻をすする音が聞こえて、次に勢いよく鼻をかむ音が聞こえてきた。
「そうだよ。わたし、超頑張ったんだから!」
むくれたような由美の声に、あたしは思わず笑ってしまった。
「アハハ! 小学校の頃の由美に戻ったみたいだ!」
「なによ、それ!?」
言いながら由美も笑っている。
二人でひとしきり笑ったら、心地いい沈黙が訪れた。
 
「あのね、お兄ちゃん」
「うん?」
「わたしね、ずっとずっと『卵』の中にいるような気持ちだったの」
「卵……?」
「そう。最初はとっても居心地が良かったんだけど、大人になるにつれて、どんどん殻の中が狭くなってきてね。
苦しいから外に出たいんだけど、殻の中はどんどん狭くなって、殻を破ることができなくなっちゃうの」
「ああ、わかるなあ!」
あたしは扉に寄りかかって、両腕を頭の後ろに組んで同意する。
「家出する前、あたしも同じような気持ちだったよ。このまま死ぬんじゃないかってくらいに辛くってさあ」
「やっぱりそうだったんだ……。
あのさ、家出して後悔しなかった?」
「ぜーんぜん!」
あたしは元気よく答えた。
「そりゃ、自力で稼いで生活するのは苦労も多かったよ。まだ16歳だったしね。
でもね、あの二人の冷たい視線が無くなっただけで、天国にいるような気持ちになっちゃった!
狭いアパートの部屋の床を転げ回って、思いっきり伸びしてさ、『ぐはあ! 自由だあ!』って清々した気分を満喫したもんよ!」
途端にケラケラと由美が笑い出した。どうしたんだろう?と思っていると由美が教えてくれた。
「フフフ! この部屋の中で、わたし、お兄ちゃんと同じこと考えてた!」
「ウソお!?」
「ホント! そっくりすぎてビックリ!」
そんなことを由美に言われて、あたしはふと気がついた。
「あたしたちってさ、やっぱり血のつながったきょうだいなんだね!」
「え? どういうこと?」
あたしはにやりと笑って由美に説明する。
「あたしは家の『外』へ逃げ出したけど、由美は家の『中』に逃げ出したのよ。
逃げ出す方向が違っているだけで、きょうだいでやってることは同じだったってこと!」
 
ゲラゲラ二人で笑いおわると、あたしは真面目な顔で由美に話しかけた。
「ねえ由美、家の『外』に出ない? 
あたしとおばあちゃん、それに太一と直樹と唐沢が由美の味方になる。
あの両親には絶対に邪魔させないよ。
このまま家の中で家出し続けるのも限界があると思うの。
一度、本気で考えてくれない?」
 


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