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egg(53)

 
第二十七章
 
早朝からホームセンターでバールを買ってきた高藤隆治は、娘の由美が閉じこもる部屋の前に立った。隣では妻の恵美が寄り添うように立っている。隆治は自分に言い聞かせるように、恵美に言った。
「よし、やるぞ」
ドアの隙間にバールを差し込み、ぐいっと力を入れた。板で打ち付けられてびくともしなかった扉が、てこの原理でギギギギギ……と大きな音を立ててきしみ始めた。
ガキッ、ガガガキッと、ドアに打ち付けられた釘が外れる音がする。もう少しだ、と思った瞬間、部屋から怒鳴り声が聞こえた。
「やめろおおおお!」
ぎょっとして、思わずバールを取り落とす。
隆治と恵美は顔を見合わせた。
「今の、由美か?」
可憐で美しい20代の娘とは思えぬ咆哮を聞かされて、隆治は怖気づいた。
「おい、開けたらまずいんじゃないか?」
「何バカなこと言ってるのよ! あともう少しじゃない!!」
 
娘の4日間の沈黙にたっぷり付き合わされた恵美は、もう爆発寸前だった。床からバールを拾い上げると、恵美は開きかけた扉の隙間と格闘し始めた。
そのときだった。扉に空いたわずかな隙間から、のこぎりの刃が飛び出してきた。
「危ない!」
とっさに隆治が恵美の体を引っ張った。
「おい、大丈夫だったか?」
恵美が目を見開いて呆然と自分の腕を見ている。刃が引っかかったところから、血がにじみ出していた。
隆治はのこぎりの刃が飛び出していた隙間から、娘の部屋を見ようとした。だが、部屋の中は真っ暗闇で、何も見えない。
そしてガタガタっと大きな音がしたかと思うと、その隙間が板でふさがれ、トンカチで釘を打つ、ガンッガンッガンッという音が響き始めた。
 
「一体、何がどうなっているんだ……」
と、隆治は呆然として呟いた。

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