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egg(56)

 
第三十章
 
「由美は部屋から出てきたのかい?」
高藤隆治の実母のいちがいつものおっとりとした口調で尋ねると、隆治は首を横に振った。
「いや、まだなんだ。僕たちの話はまったく聞いてくれなくて……」
キッチンで号泣している妻の恵美の声が玄関まで聞こえてくる。いちが気の毒そうにそちらを見やり、隆治に言った。
「今日はねえ、由美にどうしても会わせたい人たちを連れて来たのよお。ねえ、あなたたち、こちらにいらっしゃいな」
門の向こうに声をかけると、3人の男性と1人の女性が顔を出した。
「あの人たちは……?」
怪訝そうにいちに尋ねる隆治のもとに、一番背が高い、坊主頭の浅黒い肌の男が近づいてきた。隆治の目の前まで来ると、おもむろにサングラスを外して深々と頭を下げる。
「高藤さん、長らくご無沙汰しております。川上太一です」
途端に隆治の目がつり上がった。
「お、お前は哲治の……!!」
 
川上太一は隆治の息子である哲治の悪友で、中2の哲治をバイクではねて片足を切断する大事故を引き起こした張本人だった。隆治は思わず太一につかみかかった。
「おい! お前が今さら何の用だ!? 由美とは何の関係もないだろう! 帰れ!!」
太一の襟をつかんで離さない隆治の手を、他の二人の男が丁寧に引きはがす。その二人の顔を見て、隆治ははっとした。
「たしか、お前たちも……」
会社員らしいスーツを着ながら、今時の若者らしい無造作ヘアで決めた男がぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりです。太一の弟の直樹です」
そしてラガーマンかと思わせるがっちりとした体格に、半そでとチノパンという、冬に似つかわしくない軽装の男も、隆治にぺこりと会釈した。
「ご無沙汰してます。哲治の友人の唐沢隆です」
うろたえた隆治はいちを見た。
「おふくろ、彼らが由美になんの話があるっていうんだ?」
ほほ笑んだいちは後ろを振り返り、門の外に立っている背の高い女性にも声をかけた。
「ほら、あなたもいらっしゃいなあ。隆治が理解できなくて困っているわよお」
 
コツコツコツ……。
クラブの派手なネオンサインが縦に入った真っ黒な杖をつき、真っ赤なワンピースを身にまとった巨乳の女が玄関にやって来る。その顔を見て、隆治は驚いた。
「若いころの恵美にそっくりだ……」
女は恵美を20代に巻き戻したような顔をしている。もっと背が低くなって、くるくるとパーマがかかった黒髪をストレートにしたら、本人と言っても不思議ではないくらいだ。
「あんたは……一体誰なんだ?」
隆治が困って尋ねると、突然その女は大きな口を開けてゲラゲラと笑い始めた。
「あらー、忘れちゃったの? あたしはよーく覚えているんだけどねえ」
ぽかんとしている隆治を見て、隣にいるいちまで肩を震わせて笑いだし、やれやれといった様子で隆治を諭した。
「ちょっと隆治、14年ぶりだとしても、まさか自分の息子の顔を忘れたりしてないわよね?」
 

 

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