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egg(48)

 
第二十二章
 
12月21日になった。わたしこと高藤由美は、大学が冬休みに入ったので、一日中町田駅の近くにあるコンビニでバイトをする毎日を過ごしていた。
「高藤さん、急で悪いんだけど、今日も夜10時まで延長してもらえないかな?」
と、店長が聞いてきた。
「はい、大丈夫です」
とわたしが答えると、店長がほっとした顔をした。
「ありがとう、助かるよ!! 大山さんところ、お子さんが熱を出しちゃって、ご主人が帰ってこないと家から出られなくなったみたいでさ」
「小さい子って大変なんですね」
「うん、うちのも体が弱かったからね。大山さんが困っているのはわかるんだ。何とか調整したいと思ってるんだけど、いつも高藤さんにお願いすることになっちゃって……」
と言いながら、店長がわたしに向かって両手を合わせてぺこりと頭を下げた。
「君がいなかったらシフトに穴が開くところだったよ。本当にありがとう!」
「そんな! 頭を上げてください。わたしもお金を稼ぎたいから構わないです」
 
「お先に失礼します~」
時計が夜の8時を回ると、高校生のバイトが次々と帰り始めた。彼らは学校帰りにバイトに入っていて、自宅が遠い子が多い。法律上、高校生は夜10時まで働いてもいいはずだけど、このコンビニでは高校生は8時を過ぎると仕事を終わらせることが、暗黙のルールになっていた。
「魔の2時間が始まるなあ」
スタッフがたった二人しかいない店舗をレジから見渡して、わたしはぽつりとつぶやいた。
10時になれば、バイトの時給が25%アップするから、日中は別の場所で働いている社会人バイトがお店に入ってくる。それまでのエアポケットのような2時間は、店長と大学生頼りのシフトが組まれることが多いのだ。
 
「いらっしゃいませ!」
駅に電車が到着したらしい。コンビニに20人単位で人が入ってきた。レジは二人掛かりでもてんやわんやで、あっという間に狭い通路に行列ができる。わたしは集中してお客さんをさばいていった。
ピークがようやく過ぎ去ったとき、とても背の高い、パーマのかかったロングヘアの女性がわたしの目の前に立った。
「マイルドセブンありますか?」
「あ、はい」
GAOみたいなハスキーボイスの女性だな、と思いながら、レジの後ろの棚から煙草を取り出し、首を後ろにひねってお客さんに尋ねる。
「いくつですか?」
「1つで」
レジ台にマイルドセブンを1つ置き、
「220円になります」
と言ってお客さんの顔を見たとき、わたしは思わず息をのんだ。だって、その人がお母さんの若いころにそっくりな顔だったからだ。
パーマがかかった長い黒髪をストレートにしたら完璧だ。世界には自分と同じ顔をした人が3人いるって言われるけど、まさにこれは……。
 
お金を受け取ることも忘れて、驚きのあまりぼうっとしているわたしを、その女性がたっぷりマスカラを塗ったまつ毛の陰から不審そうな目で見た。わたしははっとして、慌ててお金を手に取った。
「お釣りは30円です。ありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀をすると、その人はさっさと出口から出て行ってしまった。外ではサングラスをかけた坊主頭のがっちりした男性が待っていた。彼女が近寄ると、男性が女性の腰に手を回し、仲睦まじく歩き始める。二人とも180センチを越えていそうな背の高さで、周囲を圧倒する雰囲気が漂っている。
この長身の二人組から目が離せなかったわたしは、ふと女性の左脚を見た。
「あれって、義足?」
真っ赤なミニスカートに黒いタイツを合わせている女性の左脚の形と歩き方に妙な違和感がある。膝から下がまるで本物の脚ではないような……。
突然、左ひざ下を切断したお兄ちゃんの姿と、今の女性の姿が重なった。まさか、まさか!!
 
わたしは慌てて店を飛び出し、二人の姿を追った。
だが、夜の繁華街の人ごみはすさまじく、どこに行ったのかどうしても見つけることができなかった。

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