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egg(59)

 
第三十三章
 
トントントン。
 
ゴホンと咳払いをして、あたしこと高藤哲治は妹の由美の部屋の扉をノックした。そしてドキドキしながら扉の向こうの由美に声をかけた。
「こんにちは!
……お久しぶりです。
兄の哲治なんだけど……。
ええと、由美? 
……今何してる? 
うーんと……
話せたりしないかな?」

わたしこと由美は扉の前に駆け寄って、お兄ちゃんに返事をした。
「うん、大丈夫……。
……久しぶりだね、お兄ちゃん」

由美の声が聞こえたので、あたしはほっとして廊下に座り込んだ。ドアに頭をもたれかける。
「ずっと連絡しないでごめん」
「ううん、いいの。来てくれて嬉しい」
「そう……」

何から話したらいいのか。
あたしは言葉に詰まりながら、糸口を探して話しだす。
「この家から出たあと、あたし、宮城に行ったのよ。太一に誘われてね。
太一はあたしをバイクではねてから、人間の運命について深く考えるようになったみたいで、親戚を頼ってお坊さんになる修行をする決心をしたの。
そのとき、家に居場所がなくて苦しんでいるあたしに、『一緒に行かないか?』って声をかけてくれたのよ」

あの頃のあたしは、お父さんとお母さんに無視されるか邪魔者扱いされるだけだった。
思い出すと、今でも胸が切り裂かれるように痛くなる。

あたしは深呼吸をして話を続けた。
「仙台にアパートを借りたんだけど、太一は修行でずっとお寺にいるでしょ。貯金も減る一方だし、何よりやることがなくて暇だったの。
それで前から興味があったIT関連の請負会社で、フリーターとして働くようになったんだ」
「おばあちゃんから、ゲームを作っているって聞いたよ」
とドアの向こうから由美の声がした。あたしは笑って答えた。
「ははっ! おばあちゃんには敵わないな。そうだよ、プログラミングができるようになったから、今は『デイジーゲームズ』っていうシリーズで、パソコン用のネットゲームを作って販売してるんだ。海外で人気になって、これでもちょっとは儲かってるんだぞ!」
「そっかあ。大好きなゲームを仕事にできたんだね。お兄ちゃんはすごいや……」

ちょっと沈黙してから、遠慮がちに由美が尋ねてきた。
「ねえねえ、さっきから気になっていることがあるんだけど……。
前は太一『さん』って呼んでたよね? いつから呼び捨てになったの?」
「お、そこ聞いちゃう?」
あたしはちょっとおどけて答えた。
「わたしたち、今はパートナーなの。
仙台で恋人の関係になったんだけど、20歳になったとき、あたしが男の体でいることに耐えられなくなってね。
太一と相談してタイで性転換手術を受けて来たんだ。それからは夫婦みたいなもん」
「え? じゃあお兄ちゃんって女の人になったの?」
「そうよ。コンビニで見たでしょ?」
「あれ、やっぱりお兄ちゃんだったんだ!」
「あったりー! まさかレジに由美がいると思わなかったから、超びっくりよ!」
「声かけてくれたらよかったのに。
わたし、お兄ちゃんがお店から出たあとを追いかけたんだよ!」
「え、そうだったの? ごめんごめん」
あたしは笑って天パの黒髪をくるくると指でいじった。
「顔は由美にそっくりだな、と思ったけど、髪がすごく短くなってたからさあ。
あたしが知ってる由美は、絶対に長い髪を切るような子じゃなかったし。
人違いかな~って思っちゃったんだよね」
「それは仕方ないかも。
切ったばかりのときは、鏡に映った自分の顔を見ても、誰だかわからないぐらいだったもん」
笑って話す由美の声に張りが出てきた気がする。あたしはちょっと踏み込んだ話をしてみることにした。
「そうだったんだ。でもさ、どうして髪切ったの? 
たしか3歳から伸ばしてなかったっけ?」
 

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