のらべりIII寄稿作品「ある冬の一日」 #N_V_Q #NVQ3感想募集 

「イームラ イムラ イームラ傭兵!イームラ イムラ 高火力~~!」
 まーたこの宣伝カーだ。戦線に近い町の大路に決まって現れては、妙に耳に残る爆音メロディで通行人を驚かせる派手なアドトラック。
「昼間っからあんなヘンテコな歌聞かされて士気が上がるもんなのかねぇ」
平和ボケした私の田舎にはなかった光景。派手なイラストの荷台が遠ざかる様子を歩きながら目で追っていたために、正面からやってきた背の高い男に気づかなかった。ぶつかる寸前とっさに体を引いたが、油に汚れた袖だけが避けきれず彼の服についてしまった。謝る私に目もくれず、気をつけなさいお嬢さん、と軽くたしなめる言葉だけ残して去っていった肩に一瞬見えたワッペンにも、IMRの三文字があった。

一年の終わりも近づき静かに華やぐこの地方都市は、今日もその装いを夕陽の赤から七色の光に変え始めている。そんな鮮やかな時間だというのに、私は昼間に漁ったジャンクパーツをリュックいっぱいに背負い、北風にさらされた顔を不細工に強張らせている。家路を急いで速足になってみれば、油に塗れた顔はみるみる真っ赤に染まっていく。
「どうして年の暮れにこんなことぉー!」
吠えてみても疑問の答えは得られず。分かりきっていることを叫ばずにいられないほど、体はクタクタになっていた。しかし、もう大丈夫。この苦行を私はやり遂げた。我が家のドアはすぐそこだ。ただい——
「おかえりなさい おかえりなさい」
ノブに伸ばした私の左手を吹き飛ばしながら勢いよくドアが開く。その向こうからあどけない笑みを満面に湛えた、青い瞳と長い銀髪を持つ——そして先刻の「疑問」の答えである——美少女が現れた。

人間、誰しも失敗の一つや二つはあるものだと思う。特に酒にまつわる失敗なんて。だが、私は二度とこの失敗をすることはないだろう。酒に酔って記憶をなくし、あまつさえ朝起きてみれば見知らぬ少女アンドロイドが横で寝ているなんて、二度もあってたまるか。だめだ、昨日から何度も思い出そうとしているが全く拾ってきた覚えがない……。寒い季節、独りの寂しさにまかせて酒を呷るものではない。
「すみません わたし また やっちゃいましたか」
一方、この子はなぜ学ばないのだろう。昨日から何かにつけて片方の手、それも利き手だけを執拗に痛めつけてくるんだこのアンドロイド。だいたい近所や大家さんにばれないよう玄関には近づくなと言っておいたのに。その顔から悪意がないことは分かるが、そうだとしてもポンコツ過ぎる。事実、何かやらかしたのだろう、彼女の全身はボロボロで修理が必要だった。そこで私が貴重な休日をつぶして使えそうなパーツを集めてきたわけだ。そうして疲れ果てた私に追い打ちの一打を決めた当人は、くりくりの目をおろおろさせて私の周りをぐるぐるしている。痛みを堪えて、大丈夫だよと言って引き寄せ撫でてやると、少し熱を帯びた機体から、甘いお菓子のような匂いがふわりと広がり、そして鼻にツンと刺さる。
「……またやってくれたねぇ」
発熱と甘い香り。それは明らかに有毒な冷却液が漏れているサインだった。

「ばっちり ばっちりです ありがとうございます」
ラジエタホースはじめ、傷んだ部分をできる範囲で修繕してやると、彼女は嬉しそうにその箇所を見ながら感謝を述べた。私は帰ってからずっと作業していたことを思い出し、即席のスースーココア(とってもおいしくて健康にもいいのでオススメ)で一息いれているところだ。彼女はというと、尻尾のような部位を補修してやったところだけが目視できず、意地になって今もその場でくるくる自転している。まるで猫のようだと思いながら眺めていると、損傷のひどかった衣服の代わりに見繕ってきたセーターとスカートが彼女の回転にあわせて揺れる。うーん、大正解だったな。小さく何度も頷きながら悦に入っていると、ようやく回転運動を終えた彼女は満足げに、むふーっと鼻から排気するとキラキラの目をこちらへ向け一言。
「ねえ ねえ このままおでかけ してみたいです」
前言撤回、大失敗だった。そもそも今着ているセーターなんて下着の肩紐が丸見えだったので上からストールを巻かせたくらいだ。風邪を引くことがないとはいえ、こんな格好で外に出せるか。いや、そもそも私が匿っていることを公にしたくない。
首を横に振りつつ却下の印を押すジェスチャーで突っぱねてやる。だがアンドロイドは強かった。懇願のポーズをとったまま青いぐるぐる目が私ににじり寄る。互いに屁理屈をこねあう小さな戦争に負けたのは、やはり人間だった。

交渉において、相手の反発を防ぎ宥めすかすために必要なのは、相手にとって好ましい条件を入れてやることだ。今回彼女が譲歩したのは、「外に人のいない遅い時間」「絶対に走り回らない」「十分のみ」の三点。そういうわけで隙あらば玄関ドアを狙い続ける彼女を監視して数時間、時計の短針がてっぺんを指すのを合図に私たちは外へ出た。
「十分なんて @ UMA あっという間 ですよ」
冬のスカートを翻しはしゃぐ彼女(いつのまにかストールも「こっちのほうが大人っぽい」なんて言って肩にさっと掛けている)の少し後ろから歩くたびに揺れる尻尾を見つめる。けれども次第に目線は下がり、いつの間にか降り始めた雪が乾いたアスファルトに吸い込まれていくのが見えるばかり。そういえば昼間も外を動き回っていたことを思い出し、ここに来て全身のくたびれが一気に実感となって襲ってきた。なにもない平坦な道に躓きよろめく。二歩三歩、不格好なステップを踏んで耐えたが、そこが限界だった。バランスを崩し倒れる身体。それをふわり、と何者かが支える。
「そんなに必死に 追いかけなくてもいいですよ」
何歩も先にいた彼女が、その胸で私を受け止めていた。
「わたしは あなたから 逃げたりしません」
ああ、人のいない時間を選んでよかった。大正解だ。こんな、こんな恥ずかしいところ見られていたらたまらない。
「さて もういい時間ですから 帰りましょうか」
ふたつめの条件は大失敗だったかもしれない。走り回る彼女を追いかけていれば、顔を真っ赤にしている理由になったから。
「泣くほど早く帰りたかったんですか では 急ぎましょう」
そういうと彼女は私の膝に手を回し、ぐいと抱きかかえる。いや、本当に人のいない時間でよかった。そのまま急ぎ足で歩き始めた彼女の腕からパキパキと何かの割れる音がする。またあの甘い匂いが漂い鼻をツンと突いたが、いまこの数分だけなら大丈夫か、などと暢気に考えた私は、通りの逆側から背の高い男が見ていたことにも目をつぶり彼女の腕に体を預けた。


屋根裏にこっそり投げたSS(たぶん誰も知らない)を除けば初めて発表したSSです。書いてみて改めて、ねずみさんたちの物書きっぷりがよくわかりました。ますきゃと日常、いとおしいですね。

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