メロンパン

 かれこれ十年ほど、私はメロンパンと絶縁関係にある。こっちから一方的に絶縁状をたたきつけたのだ。以来一度も口にしていない。

 高校生だった頃のことだ。当時、私はメロンパンが大好きだった。安価の割に巨大なフォルム。馬鹿な舌でも喜ばせてくれるわかりやすい味。どれをとっても高校生にはぴったりだ。私はメロンパンが与えてくれる幸福に酔いしれ、またその優しさに甘えきっていた。
 ある日、チャリを漕ぎながら、私は非常に空腹だった。昼飯を食べ損なったせいで、それこそ目眩がするような空腹を感じていた。これではとても家まで帰り着けそうにない。とにかく何かを腹に入れる必要があった。
 スーパーに入り、私は躊躇なくパン売り場に急いだ。こういうときに助けてくれるのがメロンパンだ。メロンパンは常に空腹者の味方なのだ。メロンパン最高。
 もちろん私はメロンパンを買った。二個。チョコチップが入ったのと普通のメロンパンである。
 そしてむさぼるように食った。まずはチョコチップから。ビスケットのさくさくした食感とチョコレートの凝縮された甘さが舌を突き刺し、私は脳をわしづかみにされるような快楽を味わった。それはもはや食事というより融合だった。私は脳がメロンパンに置き換わってゆくのをマジで感じた。実際その時の私の脳はメロンパン程度の働きしかしていなかった。
 たちまちチョコチップメロンパンを食い尽くした私は、そのままの勢いで次の袋を開けた。まだ空腹感はあったし、もう一個くらい軽々食い尽くせると思っていた。
 だが駄目だった。暴力的な甘味が満腹中枢を直撃し、顎の動きはみるみるのろくなっていった。まだメロンパンは半分以上残っているというのに。
 空腹が去ってしまうと世界は一変した。あんなにうまそうに思えたメロンパンの香りは、今やなんだかよくわからない生臭い匂いでしかなかった。ふかふかした生地は安物のクッションの中身みたいに見えた。味はぼんやり抽象的で、ただ曖昧な甘さを感じるだけだった。
 私は必死に口を動かした。食いたくもないメロンパンをかじり、咀嚼し、飲み下した。
 でかくて甘ったるい物体をなんとか食い終え、私はふらふらとスーパーのチャリ置き場を後にした。後味も満腹感も何もかも不快で、食い物の看板を見るだけで気分が悪くなった。得体の知れぬ塊が胃の中で膨れ上がり、私の脳をギリギリ締め上げていた。
 こんなのは人の食い物ではない。メロンパンを喜んで食うやつはアホだ。そのへんの鳩にでも食わせておけばいいのだ……。
 そうして私はメロンパンと絶交した。

 ところでこないだメロネというパンを食った。コロネ形のメロンパンにホイップクリームを詰めた菓子パンで、甘くて香ばしくて実にうまかった。でもあれは一種のキメラみたいなもので、厳密にはメロンパンではないからいいのである。