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凡人の上にも10年。人生のカードデッキ論

自分の社会人生活は27歳からスタートしている。

ざっくり10年ちょいの社会人経験を積んでいるわけだが、コンプレックスにまみれた圧倒的な凡人がそれなりにご飯を食べられるようになって、小さい会社の経営者になって自由にやらせてもらってるのはラッキーとしか言いようがない。

生まれた環境によって、人生を切り拓く「手札」はある程度決まっている。「両親の存在」「出身地」「世帯年収」「文化的資本」「兄弟」など、プラスに働くカードもあれば、マイナスに働くカードもある。幼少期はそのカードはランダムで入れ替わり、目の前のデッキと交換されていく。

学生生活に入ればどんな友達ができるのか。どんな先生に巡り会えるのか。どんな部活に入るのか。パラメーターの変数がどんどん大きくなっていって、ひとつひとつの選択と決断によって人生は否が応でも動いていくものである。

さて、社会人はどうだろう。

それまで影響を受けてきた自らの価値観から”やりたい仕事”を見つけ出し、会社が希望が理想とする就活生に変装して、履歴書と面接のシステムに個性を覆い尽くされる世界があると聞いている。リクルートスーツで没個性の髪型。ポジティブで元気ハツラツとしたオロナミンCみたいな姿勢。テレビや本、飲み会の席でそんなことを見聞きしているものの、いかんせん就職活動を一回もしたことがないので正直わからない。まともな転職活動もしたことがない。

それでも10年ちょっと走り続けることができたのは、既存のシステムに一度も自分が侵されてないからなのではないか。そんな風に最近考えたことがある。自分の意思でカードを選び取り、コンプレックスまみれのデッキを理想に近づけてきた。この実感がいまの自分を創っているとも言える。

役割がなければ自ら作る。誰かがやりたくないことを率先して手を挙げて形にする。27歳の社会人初日は、やることがなさすぎて、とりあえず社長の机を雑巾で拭いてみた。なにかのサラリーマン漫画の知識が身体を動かしたのだろう。社長は困惑していた。一度決めたことなので先輩の机も拭こうとしたら「拭かなくていいよ」と苦笑いでやんわり断られた。二社目の会社でも役割が特になかったので、総務と経理と広報とディレクターをしていた。

今思うと小さい組織の自己決定は循環が早いのがありがたかった。この循環はデッキからカードを引く行為にも近いと思う。カチカチのシステムに侵されていないからこそ、自らカードを入れ替えることの重要性と喜びに気づいていたんじゃないだろうか。上司や先輩に言われたことは素直に「はい!」と全力で受け止めて、自分のやりたいことは「やりたいっす!」と告げて役をもらう。いつでもカードを引ける環境をキープするために仕事がある。

2017年1月、自己決定の強い意思で「経営者」のカードを引いた。そして同年5月にデッキを大きく入れ替えるために「移住」を選択し、二拠点生活をスタートした。さらにデッキの変数を上げるべく2018年6月に「シンカイ」をオープンし、全国47都道府県を気が狂ったように旅する流れへ……。

2020年12月1日時点での自分がどんなカードを持っていて、目の前に置かれたデッキから何を引きたいのか? 客観視できない領域はあれど、凝り固まった思考と価値観が老害を生むのと同様に、まずは手札のカードを大胆に捨てることも必要なのだろう。持てる手札は年齢や能力によって決まっている。それを人の器と呼ぶのかもしれないが、後先考えずにデッキからカードを引き続けて、必要性に応じた取捨選択の環境を選ぶのもまた一興なんじゃないかと思っている。

人生は短い。生きる情動の火もまた儚い。目の前にある「おもしろそう」の陽炎を追い続けて、例え途中で息絶えたとしてもかまわない。凡人は凡人なりの闘い方がある。手札のカードを守ろうと必死なおじさん共を社会のゲームから引きずり降ろそう。そのためには強いデッキが必要だ。カードを引き続けたやつだけがゲームで勝てる。

「You play with the cards you’re dealt …whatever that means. 」
(配られたカードで勝負するしかないのさ…..それがどういう意味であれ。) by peanuts

1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!