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「聖母」 秋吉理香子

これもネット上のレビュー等を参考に購入して読んだ作品。
秋吉理香子さんの「聖母」
帯には「ラスト25ページ、世界は一変する」の一文が。
とにかくこういう誘い文句に弱い。
というか、弱くない人っているんだろうか。
ネタバレなしレビューをいくつか読んでみましたが、どれも高評価。
これは帯詐欺ではないだろうと信じて読んでみました。


以下、読んだ感想を。
若干のネタバレを含むので未読の方はご注意ください。



ラスト25ページで世界が一変、なのだからやはり叙述トリックが用いられている作品です。こないだ読んだ「悪いものが、来ませんように」の雰囲気と似ていて、同じ作者の作品だと言われたら信じてしまうかもしれません。違うんですけど。

叙述トリックに関しては、主に2つ仕掛けてあります。
そのうち、1つ目(作中でも先にネタばらしされる方)に関しては、少し叙述トリックを読んだことがある人であればすぐに気がつくと思います。
まぁネタバレすると上に断ってあるので書いてしまうと、男女誤認ですね。
登場人物の一人「真琴」を、男性だと思わせておきながら実は女性、というもの。男女誤認は叙述トリックでは使用頻度の高いポピュラーなものなので、真琴が登場してすぐに疑いの目を向ける人も多いと思います。
「この真琴って人、いかにも男っぽく書かれてるけど女なんじゃ?」と。
むしろ、そうやって疑って欲しいんだと思います。
そちらは撒き餌なので。

真琴の性別に疑問を持たせることで、それがこの作品のトリックの肝であると思い込ませる。そして、もう一つの大技の匂いを消す。見事に練られた構成だと思いました。

撒き餌なので、読者に対して「真琴=男性」と思わせたまま話を進めていく意味はほとんどない。と思いきやそうでもない。
終盤の入り口くらいまで、おそらく大半の読者は「真琴って女じゃない?」と勘繰りながら読み進めることになると思います。女じゃない?と疑いを持って読むということは、男かもしれない、と思って読むことなので、結局ネタばらしが来るまでは男女どちらであっても驚かないように意識して読み進める。そうすることで、その奥にある大仕掛けがとてつもなく見抜きにくくなっています。もし、最初から真琴が女性であると明かされていたとしたら、大仕掛けを見抜くハードルもずいぶん下がっていたと思います。それ単体だとそちらもよくある仕掛けではあるので。

その大仕掛けは、簡単に言ってしまえば人物誤認の一種ということになります。そんなにシンプルなものではないので見抜くのは困難かもしれません。
ただ、少し難点も。

良くできた叙述トリックというのは、種が割れたあとに読み直すと、あぁここでこういうミスリードがあったのかと納得し、もう錯覚が起こりえないようになります。
たとえば、AとBという人物が登場していて、ラストで実はその二人が同一人物だったと判明する仕掛けがあるとします。種が割れてから読み返すと、初読のときは別人としか思えなかったAとBが、同一人物としか思えなくなってくる。解答を知っているからこそ、当初の「AとBは別人」という先入観が上塗りされ「AとBは同一人物」という正しい視点で読むことになるからです。正しくは同一人物なのだから、そういう意識で読んだ方が矛盾も少なく違和感もなくなる。
でも、「聖母」の大仕掛けに関しては、種が割れた後に読み返しても曖昧な記述が多く、腑に落ちない部分が散見します。ネタを知ったあとで読んでも、「この部分はどっちとも読めるな」という箇所がいくつかあるんですね。もちろん良いことではなくて、この作品のアンフェアな点ということです。ミスリードさせることを意識しすぎて、やや独り善がりな描写が目立つような気がします。「どっちとも読める」と思わせながら、正解を知ったら「そうとしか読めない」となるのが理想だと思います。これは僕の好みの問題なんでしょうけど。

そういった多少のアンフェア部分に目を瞑ったとして、それ以外のストーリー部分に着目しても、ちょっと無理がある状況設定が目立ったという印象。
結末はどうにもすっきりしない後味で、それはイヤミスだからということでもない。彼があそこに住んでるというのもありえないと思うし、警察があの犯人で納得して捜査をやめるとも思えない。「悪いものが、来ませんように」と比較すると、子を思う母親の狂気的なまでの愛情というのが、少し安っぽく見えてしまいました。なんか色々とちぐはぐな描写が多いような。

面白かったんですが、昨日読んだばかりの「悪いものが、」の後だったから、見劣りする部分が目についたのかもしれません。
ついつい辛口で書いちゃいましたけど、秋吉さんのファンの方は悪く思わないで頂けると助かります。もちろん、僕には書けないし、僕なんか足元にも及ばないほど文章力も高く構成力も高い。他の作品も読んでみたいと思いましたし「凄い」と思いましたから。

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