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「硝子の塔の殺人」

少し前に話題になっていた知念実希人さんの作品。
島田荘司さんや綾辻行人さんなど錚々たる方々が絶賛のコメントを出しており、例に漏れず単行本の帯にも好奇心を煽る誉め文句がつらつらと。
当たり前ですが、そういった紹介文は、出版社側がその本を売るために依頼して書いてもらっている、あるいは買い手の気を引きそうな評価を選んで使っているわけで、鵜呑みにすると痛い目に遭うことも少なくありません。
さて、硝子の塔の殺人はどうかな…。

以下、若干のネタバレを含んで感想を書いていきますので、未読の方はご注意ください。


「本格ミステリの終着点」「必ずもう一度読み返したくなる」「最高のどんでん返し」といった感じの煽り文句が、まずハードルを上げすぎている印象でした。結論からいうと、かなり期待外れの作品というのが本音です。
どこかで見かけたレビューに「ミステリ好き、マニアほど楽しめる」みたいな趣旨のことが書いてあったのですが、僕としては反対かなと。
本格ミステリを好きな人ほど、読んでいて退屈してしまう気がします。
あまり読み慣れていない、ミステリ好きだけどまだそれほど読書量が多くない人であれば感動するのかもしれません。読書量、もしくは年齢も関係あるのかな。
僕はいま40代半ばですが、たぶん僕と同世代かそれ以上のミステリ好きにとっては、素直に傑作と呼ぶことはできないと思います。

以下、そう感じる理由など。

まず、肝心のトリックについて。
作品内では4人の人物が殺害されることになりますが、それらの殺人事件の真相を隠している根幹のトリック・仕掛けは一つ。かなり大がかりな仕掛けになっています。ただ、その大仕掛けがいまいち心地良い驚きを与えてくれません。少なくとも、事件全体の真犯人というのは、ちょっとしたミステリ好きであれば読み始めて30分くらいで見当がついてしまうと思います。そうなってくると、全体の仕掛けにも気が付きやすく、最終章でのネタバラシも効果が大きく損なわれてしまいます。

その大仕掛けをカムフラージュするように、小さな謎もちりばめられているのですが、それらはどれも既視感のある手垢のついたトリックばかり。
既視感がある、というのはそれ自体が狙いだったので仕方ないとしても、その既視感のあるストーリーを最終章の直前まで延々と読まなくてはいけないのは辛い。こないだ書いた「世界で一番透きとおった物語」でも言ったように、ストーリー自体が退屈なのに煽り文句は壮大だから、「いまのところそこまで面白くないけど、最後のどんでん返しがとてつもないものに違いない」と、読んでいる途中でますますハードルが上がってしまいます。だって、そうじゃなきゃあの煽り文句の山はなんだったんだってことになりますから。

この作品は、過去の名作のオマージュであり、その寄せ集め。
それは言い過ぎかもしれないけど、どこかで読んだようなトリックを切り取って散りばめただけに見えます。なので、ミステリ好きで読書量が多い人であれば、新しい感動みたいなものは得られず、むしろちょっとした不快感すら覚えるかもしれません。逆に、これまでそこまでミステリに触れていなかったのなら、こんな面白い小説あるんだと感じる可能性もゼロではない。

ここでいう「ミステリ好き」というのは、硝子の塔の殺人の中で登場する名作たちはほぼ既読の人、くらいの感覚なので、本格ミステリ読破数が0~30冊くらいの人であれば丁度良く楽しめる気がします。

さきほど書いたように、一つ一つの事件やトリックに既視感があるため、読みながらずっと物足りなさを感じていました。ある程度読み進めたとき、トリックとは別の、作品の造りにも既視感を覚え、なんだったかなと記憶を探してみたところ、西村京太郎さんの「名探偵も楽じゃない」という作品に思い当たりました。「名探偵も楽じゃない」は名探偵シリーズ4作の2作目にあたるミステリー小説です。西村京太郎さんといえばトラベルミステリーの印象が強いと思いますが、本格推理物もけっこう書いていて、名探偵シリーズもその傾向が強い作風。明智・エラリー・ポワロ・メグレといった古き良き名探偵たちが登場し、4人で難事件に挑んでいくミステリ小説になっています。3作目の「名探偵が多すぎる」にはかのアルセーヌ・ルパンまで登場してきますが、悲しいことにその3作目が一番退屈かもしれません。

とにかく、「硝子の塔の殺人」を読んでいたら「名探偵も楽じゃない」を思い出し、たぶんそうなんだろうなと思いながら読み進めたらやっぱりその通りだった、というお話。トリックというか、作品の構造みたいなものの話ですが。

別にその作品に影響を受けたとか真似をしたってわけじゃないと思います。というか、その作品に限らずよくある構造の話なので、何か一つの作品のオマージュというわけではないんでしょう。あえて言うなら「硝子の塔の殺人」は「本格ミステリ作品のオマージュ」ってことなんだと思います。
オマージュの枠を超える新しい仕掛けはなく、素人がドラクエに似せてRPGツクールで作ったゲームのような感じです。素人が、とはいっても知念さんは一流の作家ですから、その完成度は決して低くはありません。僕の印象としては、こういう設定の本格ミステリは、知念さんに合ったフィールドではないんだろうてところです。

書いていて思いましたが、ハードカバーで1冊丸ごとを読んだからいけなかったのかもしれません。連載の漫画とかで、作画をぴたりとハマる方に頼んで描いてもらったら、かなり面白い漫画になった気もします。単行本で読んでしまうと、あとどれくらい話が残っているのかもわかってしまうし、その分、上がっていくだけのハードルを越えるのが難しくなります。叙述トリックを中心とした仕掛けであれば、それこそラスト1ページ、最後の1行であっと言わせることを目的とした作品もたくさんありますが、この作品はそうでもない。すべてを解説する最終章に入ってからもそれなりに読まないといけないので、最後の切れ味に対する驚きも鈍いものになってしまいます。

総評として、ミステリ初心者は読んでもいいかなと思える作品。いわゆる本格物の読書数が50冊程度までなら(何を読んだのかにもよりますが)楽しめるし驚けるかも。それ以上に読んでいる人からすると、読書量が多ければ多いほど新鮮味は少ないし帯に騙された気になってしまいます。

このブログを使い始めて、連続でちょっと批判気味の書評になってしまいました。あくまでも個人の趣味嗜好に依るものなのでご了承を。お気を悪くされた方がいたら申し訳ありません。


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