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けちけちしない家計のこつ

 家計簿記帳というと、お金に縛られるようだと感じる方もいるのではないでしょうか。また、家計簿をつけたところで、お金が増えるわけでもないし、と思う方もいるようです。
 羽仁もと子は、収入の少ない家計であっても「豊かな心で生活できる」と言っています。その「ココロ」は??

豊かな心で
 私どもは貯金、保険、臨時費など、家計相応の金をちゃんと取りのけておいて、月々の生活費を『家計簿』によって、予算超過をする気づかいがないようにしていれば、決してけちけちすることはいりません。けちけちしないばかりでなく、かえって豊かな気持をもって、臨時の収入でもあったときは、幾分は貯金にしても、あとはもちろんぜいたくの癖のつかない限りにおいて、家族の生活をにぎわすように使わなくてはなりません。定時の収入のふえたときは、それだけ生活の膨張になってしまわないように、貯金のことを考えなくてはなりませんが、底にしまりがあって、豊かな心持ちで一家の経済をしていくことのできるのは、理想的の家計上手家政上手というものでしょう。

 各人のわたくしの家計や財産も、その一面においては、社会公共のものであることは、いうまでもないことであります。一方でむだをする人びとがあれば、他方に欠乏を感ずる人びとができます。ことに現在のわが国は、生活必需品さえ年々不足であり、国全体の富の状態も逼迫ひっぱくしている場合ですから、社会の一分子である一家計をとるものも、とくにめいめいの力によって国家の経済の難局を見事に通過させなくてはならない責任を負っていることを自覚して、このさい本気にめいめいの家計を健全なものにしていきたいと思います。

 各自の家計は、その一面において公の性質をおびているものですから、主人がその収入を家人に公にしなかったり、徹頭徹尾主婦のこころ一つで家内かないの切り盛りをするようなのはよくないと思います。

 家計を健全にするための、第一の必要な手数は、子供にも老人にも、主婦自身の家計の方針に信頼させるまでの了解を得ることと、なにかの問題は、家中で評議し力を出しあってきめるような機会を、ときどきつくることが大切です。こういうことは手数であるだけそれだけ、家人おのおのの適切有力な経済教育の方法ともなります。

 われわれの家計に貯金のなくてならないことは、前にもくわしく話したとおりですが、それと同時に、家計に比して過大の貯金もまたよくないと思います。小さい家計に二円でも三円でも収入が増したときに、それをみな貯金にしようとするようなのは不合理です。そのうちの小額をまず貯金に加えるのはよいのですが、あとは家計を少しでもうるおすように、こういうときこそ、家人の考えなどもきいて有効にそれを使用することができましょう。それをどう使うのがよいかということは、家々の状態でいろいろ賢い工夫がでてくるはずでありますが、もし副食物などもあまりに粗末な場合なら、その金で月に二度なり三度なり食卓を豊富にして、一家のだんらんを明るいものにすることもよいでしょう。家計にしっかり底をつくっておいて、そしてどういう家計でも、折にふれて気前のよいところがなくてはなりません

 こうして少しの金でも、多くなればなっただけ、ほんとうに有用につかえることを、おとなも子供も経験すれば、おのずからむだ使いをしない気持ちと、生産的に働きたいという望みをもつようになると思います。

 きりつめた家計のうちにいても、豊かな心をもつことは、こうしてはじめてできることだと思います。この豊かな心をもっていれば、臨時収入などがあっても、常収入がふえても、それを落ちついてもっともよく利用することができるのですが、それが反対な気持ちでいると、かえってむだ使いをするものです。

 私たちは一体かぎりのない欲望を持っているものですから、もしそのために自分の全収入を用いようとするならば、いつでも足らない足らない心持ちがするはずです。私たちの収入というものは、一部は貯金に大部分は生活費に、そうしていま一部分は、社会のために使うべきものであることを心にいれて、そう実行していさえすれば、かえって豊かな満足した気持ちで生活していかれます。

羽仁もと子著作集 第9巻『家事家計篇』第三章 生活費とその予算(六)豊かな心で から抜粋

 ここで、羽仁もと子が繰り返し言っていることは、物質的な豊かさではなく、どんな家計でも、豊かな気持ちで暮らすことができるということですね。その基盤となるのは、月々の生活費を『家計簿』によって把握し、夫婦で家計を共有するだけでなく、家族にもオープンにしていること。そのうえで、臨時の収入があったり、予算が余った時などは気前よく使う。さらに、一部を社会のために使うことをすすめています。
 私たちの限りない欲望が前面に出てしまうと、いつも足りない足りない! という気持ちになるという指摘、ドキッとします。収入の中で何を優先して家計を組み立てるか考えることで、それぞれの欲望に優先順位がつき、本当に必要なものが何か見えてくるのかもしれませんね。

羽仁もと子とは、どんな人? 

 1873年、青森県八戸生まれ。1897年、報知新聞社に校正係として入社。その後、日本初の女性記者として、洞察力と情感にあるれる記事を書く。同じ新聞社で、新進気鋭の記者だった吉一と結婚。1903年4月3日、2人は「婦人之友」の前身、「家庭之友」を創刊。創刊号の発売前日には長女が誕生し、自分たちの家庭が直面する疑問や課題を誌面に取り上げ、読者に呼びかけ響き合っていった。1930年に読者の集まり「全国友の会」が誕生した。最晩年まで婦人之友巻頭に友への手紙を書きつづけ、そのほとんどが著作集全21巻に収録されている。
 婦人之友では、2021年1月号より、森まゆみ氏による「羽仁もと子とその時代」を連載中です。


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