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「金の頭脳」「金の仕事」
金から、銀、鉛、そして錫と、私たちの頭脳は、一日のうちに変化します。鉛の頭脳では、「金の仕事」はできないと、理屈ではわかっても、切り替えることができない私たちではないでしょうか。コロナ禍のクリスマスの前だからこそ、ご紹介したい羽仁もと子の言葉です。
「金の頭脳」「金の仕事」
「金の頭脳」で「金の仕事」をしたい。私は毎日そう希ねがっています。一日のうちで、ほんとうに金のようなよい頭脳で、金のような労作を生み出す時間は少ないものです。雑物の刺激のためにつかれて来ると、私たちの頭脳は銀になり鉛になります。
私たちの境遇も幸いにして、希望に満たされている時は、その中に棲すむ自分たちの感情も、おのずから水のように澄み、星のように輝いて、見るもの聞くものの中にある、よき思いの影をうつし、深き心を見いだして喜ぶことが出来ます。悲しみや疲れにかき乱された心で、人生を見ていると、自分と他人ひととすべてのものの中にある拙なさ醜さ不安さ果敢なさが、競い合って私たちの目の前に現われて来ます。金のようなよい頭脳で、澄んで流れる水のような気持で、きょうもあすも生き楽しみ、与えられた仕事をしたいものです。
「金の頭脳」と「金の仕事」は、人によって一々違っています。けれども人各々に必ず「金の頭脳」と「金の仕事」があるはずです。いつでも「金の頭脳」と「金の仕事」を持つために、こうしましょう。
私たちの朝持っている「金の頭脳」が疲れて来たら、「金の仕事」はやめましょう。銀の頭脳になっていて、愚痴な気持で金の仕事をしようとしていることがよくあります。頭脳が銀になったら、気を換えて銀の仕事に移りましょう。銀の頭脳で銀の仕事をしていると、その出来栄えが金になるのは不思議な事実です。錫になったら気を換えて、無心で出来る仕事をしましょう。それが私たちの楽天地であり、その仕事がまた金になるのが不思議です。錫の頭脳が鉛になったら、気を換えて、すぐに寝ることにしましょう。何も知らずに眠っているうちに、鉛の頭脳が金になります
多くの人びとはいうかもしれません。お前は雇われ人でない、お前は今多くの幼児の母でない、お前は病人でない、お前の家に頑固な老人がいない、等、等。しかし私はそうした抗議に驚いて、長い間希って来た「金の頭脳」の提案を撤回しようとは思いません。
のみならず反対に、そういう事情を訴える友だちに、ますます熱心に「金の頭脳」と「金の仕事」を勧めます。雇主の圧迫のために、お前がいうような自由な仕事が出来ないという友に、どうかあなたは一日のうちで持ち得る一番の「金の頭脳」で、どうしたらその圧迫から、本当の意味で脱し得るかを考えて、思いついたことがあれば、「金の頭脳」できっと実行して下さいませ。赤ん坊のために夜眠れない母親があれば、「金の頭脳」で本気でそれはなぜであるかを考えてみて下さいませ。そこに思いつくことがあったら、きっと実行して下さいませ。
病気の友だちにいいます。あなたの「金の仕事」は何でしょう。鉛のように疲れた身体と頭脳で、鉄のような頭脳でするはずの仕事をしなくてはならないと思っているのではないでしょうか。他人のことを気にする友に、夫のことは夫に子供のことは子供に任せ、自分は本気でその人たちのよい妻よい母になることを、自分の一つの「金の仕事」と思って下さいませ。
いろいろな手ちがいや、死や悲しみが襲って来た時、「金の頭脳」をどこに私たちが持つことが出来るかという友もあるでしょう。そういう時にはすべてを忘れて金にもまさる純な涙を流しましょう。悔やんだり呪ったりする愚痴な涙でないように。この人の世の大いなる責任者の前に出て、心からの悲しみを訴えましょう。日の光にすべての悪しきものを消毒する力があるように、そうしてよきものを育ててゆく力があるように、われらの生命の大いなる責任者には、大いなる癒しと救いと育みの手があります。
ちょっと待ってと、また他の友だちがいうでしょう。今年も暮れる、鉛の頭脳になったら寝るといっても、してしまわなくてはならない多くの用事がのこるではないかと。
年の暮ればかりではありません。毎日毎日も多くの仕事をのこして暮れてゆきます。どうしても出来なかったことは赦していただきましょう。そうして私たちも他の人を赦しましょう。ただお互いに本当に忠実であり合うことを信ずるならば。
一年のうちにあんまり多くの仕事がのこるなら、一日のうちにも一と月のうちにもそうならば、それは必ずその人に多過ぎる責任なのでしょう。どうしても出来ないはずの仕事を、本気で取り捨てることはまた、私たちの一つの「金の仕事」です。
私たち各々に多くの「金の仕事」があります。そうしてすべてわれわれに普遍にして最大なる「金の仕事」は祈りです。礼拝のない家と世界は「金の仕事」のない所です。
クリスマスの鐘を聞きつつ「金の頭脳」「金の仕事」この言葉を、私の愛するすべての友に献じます。
昭和3年12月25日
新型コロナウイス感染予防のため、経済活動にも大きな影響が出て、2021年「自殺対策白書」によれば、2020年全国の自殺者数が11年ぶりに増加(男性は微減だったが、女性は前年より15.4%増え、7026人に)。コロナの影響は行動の自粛だったという方もいれば、親しい方をコロナで失った方や、後遺症に苦しんでいる方もいるのではないでしょうか。「死や悲しみが襲って来た時には、すべてを忘れて金にもまさる純な涙を流しましょう」そして「心からの悲しみを訴えましょう」と、羽仁もと子は語っています。
クリスマスをまもなく迎えるにあたり、ぜひこの羽仁もと子のことばを心に留めておきたいですね。
羽仁もと子とは、どんな人?
1873年、青森県八戸生まれ。1897年、報知新聞社に校正係として入社。その後、日本初の女性記者として、洞察力と情感にあるれる記事を書く。同じ新聞社で、新進気鋭の記者だった吉一と結婚。1903年4月3日、2人は「婦人之友」の前身、「家庭之友」を創刊。創刊号の発売前日には長女が誕生し、自分たちの家庭が直面する疑問や課題を誌面に取り上げ、読者に呼びかけ響き合っていった。1930年に読者の集まり「全国友の会」が誕生した。最晩年まで婦人之友巻頭に友への手紙を書きつづけ、そのほとんどが著作集全21巻に収録されている。
婦人之友では、2021年1月号より、森まゆみ氏による「羽仁もと子とその時代」を連載中です。
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