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最後の時 その後日

博人はパソコンの整理をしていた。なにかきっかけがあったわけではないのだが、予定のないゴールデンウイークを埋めようとやることを探した結果、パソコンの整理にたどり着いたのである。

クラウドストレージを開く、一覧で表示される膨大な量のファイル。博人はファイルに細かく分ける癖があった。

さて、と腕まくりしたところで一つのファイルが目に入った。

「大学」

開くと2つのメモが入っていた。一つ目のメモを開く。







【 最初は何となくスタートしていたと思う。広大なキャンパスの中に人がごった返していた。あたりにはサークルの新歓チラシが配る人があちこちにばらまかれており、それと同じ、いやそれ以上にコンクリートにチラシが散らばっていた。その時の光景は、当時は騒がしいなあと思っていただけだが、今思うと一番大学を感じた瞬間だったのではないだろうか。それからの二年間、人気のないキャンパスを想うとなおのこと強く感じる。

前半は正直それほど劇的な記憶はない。友達も数人だったし、講義とサークルに追われていた。

ちなみに、サークルは二つ入っていたのだが、その一つはあえなく脱落した。自分の住んでいるところから大学までがあまりにも遠かったためである。

それでも、大学の講義は面白かった。ただ、ここで書けることが「面白かった」ということだけであるという事実は、私の学問に対する向き合い方を良く表している気もする。

私は大学に行くのが好きだった。別に何をするわけでもないが、あの雰囲気と空間にいられることがとても喜ばしかった。

前半を振り返り、一つ大きな功績を上げるとすれば、やはりサークルに入ったことだろう。高校まで運動部だった私は突如バンドサークルに入った。私は今でもその自分をほめたい。出演回数こそ多くはなかったものの、これをせずに社会人を迎えていたらと思うとぞっとする。現在の趣味からしても、この行動はあまりにも大きな功績だ。

そしてもう一つ、こちらは大したことでもないのだが、新しく踏み出したことと言えば、食事だろう。元来食事にはさほど関心を示していなかったのだが、大学周りのお店がとてもおいしく、店を選ぶ程度には関心が増した(その大学が終わり、お店に行く機会が減った結果体重が4キロ減ったのはまた別の話)。

そうした前半の大学生活はどこか浮世離れした感覚があった。それは、高校生までのように、全く違う社会の中で暮らしているというわけではない。
ただ、時間の使い方や、日々の考え事など、細かいところが一つ一つ違うように感じた。大学時代に特に人間関係で悩んだ記憶もない。

そのため、そのありあまった時間を存分に趣味に費やした。大学生活の中での最も大きな変化は趣味であろう。そこはかなり広がったように思える。

おそらく、こういう時間を捨てるという経験は、もうあと40年ほどしないと味わえないのだろう。(最も、それを貴重な時間のように考えるのは、負け惜しみに近いのかもしれない)

NOTEだってその一つだ。あのコロナ期間がなければ書くこともなかっただろう。こうして自分の考えを形にする場所を手に入れたのは、
きっとこれからの人生でもたつとおもう・・・たぶん。

後半に入ると、友達もやることも格段に増えた。そうした日々はもちろん楽しいが、それと同時に「もっと早くこうなっていれば」と思ってみたりもしていた。

後半の変化はいくつか挙げられる。

まず、一つ目は読書量が増えたことだ。このNOTEにたくさん潜んでいるであろう読書家の皆さんには負けるが、それでも今までよりは格段に増えた。少なくとも、それ以前の読書量の半分は、この二年間で読んだと思う。

ちなみに、この読書は主に通学中に行っていた。そのためかわからないが、電車で本を読んでも酔わなくなった。スマホを見ていると酔うのにである。

そして、もう一つは交友関係が広がったという点である。これは、大学の中ということもあるが、どちらかというとそのさらに外側での話である。ここら辺については、大学そのものにはあまり関係ないのだが、コロナ禍の閉鎖的な生活と大学の自由な環境が、その一歩を踏み出させたと考えれば、大学生活の功績と言えなくもない。

・・・ここまで列挙して分かることだが、これらのことは別に大学を卒業してもできる。そう、そうなのである。高校生活までが知識や人間関係の形成であるとすれば、大学の期間は「生活の形成」と言っても差し支えないだろう。

そのためなのか、大学を卒業したとき、それまでの卒業ほどの悲しみはなかった。高校まではそれまでの人間関係が大きく変化し、それぞれが思い出となり、不変の物となる。そうして生活が物体として完結することにより、それが過去となってはじめて惜しむのだ。

その点、大学生活はそうはならない。大学から始めたことのほとんどは今も続いている。変化し続けている。だから全く寂しくはない(・・・といえば少し強がりなのかもしれない。友達とは今までのようなペースでは遊べなくなるだろう。)

ただ、こんなことを言えるのも、きっと大学生活を終えてすぐだからだろう。だからこそ、この時期の総括をしっかりとここに記し、いつか見返すときに改めて大学生活の評価をしようと思う。

なお、さらに細かい大学生活の振り返りを観たいのならば、このメモの入っていたフォルダにある「大学生活 総括 詳細」を開けるように。】






博人はその大学生活を思い出し、そして、今目の前にある仕事が頭をよぎった。

「・・・今日はやめだ」

ベットにゴロンと寝っ転がる。あの時とは違い、一人になった部屋の天井はことのほか近く感じた。

しばらく天井を見たのち起き上がりパソコンを開く、そして、もう一つのメモを開いた。