見出し画像

わずらいかかり、という存在についての物語

 現在、「わずらいかかり」は二種類存在する。

 一つ目は現実に存在する。卑屈で根暗で後ろ向きで、現実の八割を恨んでいる「患井罹々」。
 もう一つはインターネット上にのみ存在する。ほどほどに好奇心が旺盛でほどほどに物事に興味のない、中庸でインターネットを愛している「患井カカリ」。

 それらは本来一つの存在であった。

  *
『本日は【21:00〜】ゆるっとさぎょざつ! キービジュの撮影なんかもするかもしれない 内容は未定!!』

 配信の告知を終えてツイッターを閉じる。こんなことをしても見に来てくれるのは毎回同じ人たちだからしなくてもいいのかもしれない。実際、事前告知しなかった時も開始を報告すれば来てくれた。にも関わらずし続けるのは配信者としての義務感が弱小ライバーの私にもあるからなのだろうか。

 配信アプリを開いて動きを確認する。相変わらずカクカクとしているし口は大きく動かさなければ反応しない。配信に問題のありそうな箇所は見当たらなかったのでそのまま閉じた。Live2Dが早く欲しい。

 患井カカリ——それが私の活動名だ。本名の名前部分をカタカナに変えただけ。インターネットリテラシーも何もあったものではないけれど、いかんせん規模が小さすぎる。今のところ身バレはしていないし、バレて困るような“前世”もない。これ以上失うものも持ち合わせていなかった。

 よくて同接三の雑魚配信者。アプリ自体気色悪い馴れ合いの集合体みたいなところはあるし『流石に言いすぎ』、リスナーを増やす努力をしていないのは自分だけ『それはそう』ど、やっぱり落ち込み『人の配信行ったことないもんな』「うるさい!」
 散らかった部屋に一瞬私の怒声が響いた。いや、響くほど大きくはない。それほどの大声に耐えうる喉を私は持っていなかった。

 荒くなった呼吸を整える。ここ最近はずっとこうだ。頭の中に侵入してくる第三者。私のことを俯瞰で見ては嗤ったり文句をつけたりする厄介な奴。こいつが「患井カカリ」だ。

 己の中で昼夜渦巻いている思考をアウトプットするための存在、自分ではないと定義することで普段言えないことも言えるようになる都合のいいパペット——のはずだった。

 活動するうちに、「患井カカリ」として言葉を発していくうちに、こいつの存在感が私の中で大きくなってしまった。「患井罹々」の中に「患井カカリ」が単独で存在するようになった。
 私の中に私ではないものいる。私ではないものが私を攻撃してくる。怖い。辛い。しんどい。

 なりたくて演じていたものに侵食されはじめると恐怖を感じるなんて皮肉だな。いっそのことこいつだけ取り出せたらいいのに。
 そんなことを考える毎日だった。

  *
『不明なエラーが発生しました。プログラムを再起動します。電源を切らないでください。』

「……え?」
 ある日、不意に流れてきたツイート。それは紛れもなく「患井カカリ」のものだった。
 こんなものをツイートした記憶はない。あのアカウントの管理は私が行っているにも関わらず、だ。

『致命的なエラーが発生しました。プログラムを終了します。』

 考えているうちにもツイートがされている。乗っ取りかとも考えた。にしては文面が「合いすぎて」いる。
 患井カカリはバーチャル上にのみ存在するという「設定」だった。それをわざわざチェックする乗っ取りなんているのだろうか。第一フォロワーが二百人もいないこのアカウントを乗っ取る必要なんてないだろう。ならなんでこんなツイートが?

 一瞬、スマホがフリーズした。
 その次の瞬間、見慣れた配信アプリの画面に「患井カカリ」が映し出される。
 何を言うでも、何をするでもなくただ揺れていた。私が声を発してもカカリの口は動かない。
 配信は突然切れた。配信終了画面。配信時間は一分半で視聴者はゼロ。何が起きていたのかさっぱりわからない。

 私の意思とは無関係にツイートや配信がされている。それってつまりどういうことなんだ?

『再起動しています。』

 また新しいツイートがされている。再起動。何を?

『ただ存在しています』
『既視 既知』

 意味ありげなツイートが連続して投下された。一見何を主張したいのかわからないツイート、私はこの意味が理解できる。きっとこのツイート主と私は本質が同じなんだろう。頭ではなく心で理解した。ならば私がするべきは、こいつと対話することだ。

『ちょっと予想外のエラーが起きすぎたので一旦カカリをストップさせます』

 普段使っている配信用ではないアカウントでツイートする。準備ができるまでカカリを動かすべきではない。

 これは、ある二つの存在のはなし。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?