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秋のドライブ

「秋だなぁ」
「山は秋、ですね」

紅葉した木々を見て気分も高揚
なんてことはない。

「うぉ~まぶしいぜ、ぜんぜん前が見えねぇ!」
「うん、私も見えない」
「対向車来ても見えねぇぞ」
「お互いまぶしくて見えなくて気付いたらぶつかってたりして…」
「あるある!」
「気づいたら崖の下とか?」
「そうだな、レスキュー隊出動だな」
「でも山だから救急車じゃ間に合わなそう、やっぱりドクターヘリかな」
「ヘリ!イイねぇ〜!」

先生が死んだらまずいわ、
私はただの看護師だけど、
先生、病院長だからね。
こんな会話してたら病院長ってことを忘れそうになるわ…

車はスピードを落とすことなく山道を上っていく。
ラジオからは女性パーソナリティーの陽気な声が流れる。

「塩キャラメルのフレンチトーストだって。うまそうだな」
「これはおいしそう。作ってみようかな。レシピ検索すれば出てくるかな…でも、レシピ通りに作ったはずなのに…ってことないですか?」
「あるある。なんか違くねぇか?ってことな。」

信号待ちをしていると、

「あれ、あのひと、俺知ってるぞ。うん、たぶんそうだ。」
「知合い?」
「ドンキのレジのおばちゃんだよ、そうだ、きっと。俺が行く時は大体あのおばちゃんなんだよ。これから出勤か?」
「かも…ですね。ドンキで何買うんですか?」
「酒だよ、酒。缶ビール2本」
「2本だけ?毎日?」
「そ! 毎日って言っても当直の日はさすがに飲まねぇぞ。」
「箱買いすればいいじゃないですか」
「それはダメだ」
「なんで?」
「あればあるだけ飲んじまうからな!」

酒量はちゃんと自制できていてエライけど、
この車のスピードは自制できないのだろうか…
ラジオは塩キャラメルのフレンチトーストの話題から、イントロクイズへ。


「なんだ?全然わかんねぇぞ。短すぎだろ」
「さっぱりですね。全然思いつかない。」
「見当もつかねぇな。わかる人いるの?」


答えは長渕剛の曲(タイトルは忘れてしまった。)
結局リスナーにも正解者はいなかった。
おそらくマニアックすぎる選曲だったのではないかと推測。
若かりし頃の曲だったようで、声に若さを感じたことは記憶している。

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訪問診療へ行く道中の会話、である。
運転は先生自らするが、この先生、かなりデンジャラスドライバーなのである。
スピード狂で山道でも細い路地でもガンガン飛ばしていく。
免許はもちろんゴールドじゃない。
いちばん遠い訪問先は山のお宅で、片道30分かかる。
私は車酔い防止と危険運転の恐怖を和らげるためにひたすら会話に徹することにしている。
事実、何人ものスタッフがグロッキーに陥っている。
なので同行するスタッフは固定せず、順番で行くようになっている。
先生は63歳なので、父親位の年代だ。
父と母が婚姻関係を解消して20年以上が経ち、それ以来父親という存在がなく生きてきたが、
もしも関係が続いていたとして、父親とこんな風に会話しただろうか?なんてふと思う。

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「さて帰るかな。お、二つあった。ほれ。」

ポケットからいつものあれを出して私に手渡す。
龍角散のど飴
ドライブのお供はいつもこれだ。
のど飴をなめながら西に傾きかけたまぶしい日差しの中を再び走り、帰途についた。
その日の龍角散はいつもより鼻の奥がツーンとして
遠い記憶を呼び覚ますような味がした。

次は冬のドライブ、か…
山へ行く日は雪が降らない事を切に願っている。

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