彼の犬 #1

彼の犬 1 

 林の中のいつものコースを歩いているときふいに浮かんだ。
 タロウと心中しようか?
 なにか行き詰った感じがあってそれでいいような感情があった。
 波は小さく、静かで事の重大さにふさわしくない軽さに、刺すような静謐が走る。なにも心中しなくても動物病院の女医さんに頼み、さくらを眠らせたときのようにタロウを注射でと思う。 
 一つ違うのはさくらは持病のアレルギーで病んでいた。獣医師が安楽死を提案したのであり、タロウはまったく病なく、元気なのである。
 まだ9年あると近所の黒犬の死んだ年から数えた。黒犬が死んだのは19歳だった。
 猟犬のような黒犬は迷子か捨て犬かわからなかったが鈴木さんが拾った。  
 鈴木さんは中学校の社会科教師でバレーボールの部活の顧問だった人で、筋肉の病気と眼病で障碍者年金で暮らしている埼玉からの移住者である。毎日林を見ていたら目が見えるようになかったと話した。わたしの視力は0.4ぐらいだからパソコンやスマホを見た後は林の高い樹木へ目を向けるようにした。
 眼鏡店で検査したら少し視力が上がっていた。
「緑を見て暮らしているからですか」
 手際の悪い若い検査員に訊いた。
「緑を見てよくなるということではなく、遠くを見るからです」
 突っぱねるような口ぶりだった。やたらに時間がかかったわりに眼鏡一つ決めさせられなかった。帰り際に勧めた店主の一言で買うことになったのだ。

 タロウはきょうも事情を知らずに、はしゃいでいる。一匹で道路端を散歩する猫のみいちゃんを見つめて鼻を鳴らす。みいちゃんはうずくまって睨む。
 心中は止めてタロウに毒を食べさせることを考える。犬を殺したら動物虐待で逮捕されるかもしれない。でもそこまで調べないだろう。さくらと猫のくうを埋めたゆすら梅の木の下にタロウも埋めてやる。それは彼がいたときから決めていた。
 猫のくうは、生まれつきの心臓病が突然悪くなって急に死んだ。捨て猫3匹のなかで一番弱っている猫に決めたのだったが、心臓が悪かったのだ。他の2匹は歩き出していた。
「さくらとくうとタロウのお墓」
 彼はそう言いながら、ゆすら梅の木の周りに小花の株をたくさん植えこみ、楕円に赤レンガで囲った。

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