『夜爪』
夜中に爪を切りたくなった私は迷わず爪を切り始めた。
──パチ、パチ、パチ
夜に爪を切るのは縁起が悪いと云う。
しかし、私は知っている。
それは、昔、電気の明かりがまだ暗かったころ、よく見えない暗がりで爪を切ると、つい手元がくるって深爪をしてしまうのだと。
それを戒めるためだと。
──パチ、パチ、パチ
音を聞きつけた姉が部屋にやって来た。
「あなた、爪を切るの、おやめなさい。親の死に目に会えなくなるわよ。
長く伸びる爪や髪には魂が宿っているの。
手足の爪を抜かれたスサノオは地上へと追放され、もう戻っては来られなかったわ。
それに戦国時代の夜のお勤めは夜勤(夜爪)といって、やはり死に目に会えないことが多いから縁起が悪いとされてたわ」
矢継ぎ早にそう言うと姉は部屋から出ていった。いったい何だと云うのだ。
──パチ、パチ、パチ
それでも私は爪を切りつづけた。
どのような理由があるにせよ、夜に爪を切りたくなったら私は迷わず爪を切る。
もうそうすると決めているのだから「迷わず」と云っていいだろう。
それでも夜に爪を切るとき、私はいろいろなことを思いながら爪を切るのだった。
おわり
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